主は真実なかたです

テサロニケの教会への手紙 二 2:16-3:5


(皆さん、)わたしたちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。


終わりに、兄弟たち、わたしたちのために祈ってください。主の言葉が、あなたがたのところでそうであったように、速やかに宣べ伝えられ、あがめられるように、

また、わたしたちが道に外れた悪人どもから逃れられるように、と祈ってください。

すべての人に、信仰があるわけではないのです。

しかし、主は真実な方です。

必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。

そして、わたしたちが命令することを、あなたがたは現に実行しており、また、これからもきっと実行してくれることと、主によって確信しています。

どうか、主が、あなたがたに神の愛とキリストの忍耐とを深く悟らせてくださるように。




父と子と聖霊の御名によりて アーメン

気を落とさず

強制と拒否

この旧約の箇所は現代にも未来にも通じる。

この出来事を通して神が伝えたかったのは、豚肉や掟を守る事で神に忠誠を表す、

という事だろうか。

口に入れるもの、身体に入れるものに関して、

決して 他人が強制してはいけない。

例えそれが王であろうと 他の誰であろうと。

強要するのは➖傲慢➖に他ならない

根が、残酷で我儘

惨めなる者

マカバイ記 二 7:1-2、9-14


(その日、)七人の兄弟が母親と共に捕らえられ、鞭や皮ひもで暴行を受け、律法で禁じられている豚肉を口にするよう、王に強制された。

彼らの一人が皆に代わって言った。

「いったいあなたは、我々から何を聞き出し、何を知ろうというのか。

我々は父祖伝来の律法に背くくらいなら、いつでも死ぬ用意はできているのだ。」
(二番目の者も)息を引き取る間際に、彼は言った。

「邪悪な者よ、あなたはこの世から我々の命を消し去ろうとしているが、世界の王は、律法のために死ぬ我々を、永遠の新しい命へとよみがえらせてくださるのだ。」


彼に続いて三番目の者もなぶりものにされた。彼は命ぜられると即座に舌を差し出し、勇敢に両手を差し伸べ、毅然として言った。

「わたしは天からこの舌や手を授かったが、主の律法のためなら、惜しいとは思わない。わたしは、主からそれらを再びいただけるのだと確信している。」

そこで、王自身も、供の者たちも、苦痛をいささかも意に介さないこの若者の精神に驚嘆した。


やがて彼も息を引き取ると、彼らは四番目の者も同様に苦しめ、拷問にかけた。

死ぬ間際に彼は言った。

「たとえ人の手で、死に渡されようとも、神が再び立ち上がらせてくださるという希望をこそ選ぶべきである。だがあなたは、よみがえって再び命を得ることはない。」

ふり返り くり返さず

知恵の書 11:22-12:2


(主よ)御前では、全宇宙は秤をわずかに傾ける塵、朝早く地に降りる一滴の露にすぎない。
全能のゆえに、あなたはすべての人を憐れみ、

回心させようとして、人々の罪を見過ごされる。


あなたは存在するものすべてを愛し、お造りになったものを何一つ嫌われない。


憎んでおられるのなら、造られなかったはずだ。
あなたがお望みにならないのに存続し、

あなたが呼び出されないのに存在するものが果たしてあるだろうか。
命を愛される主よ、すべてはあなたのもの、あなたはすべてをいとおしまれる。


あなたの不滅の霊がすべてのものの中にある。
主よ、あなたは罪に陥る者を少しずつ懲らしめ、罪のきっかけを思い出させて人を諭される。
悪を捨ててあなたを信じるようになるために。




知恵の書は、プロテスタントにはない。

旧約聖書のソロモンの知恵の書と言われるもの。

わたしは、ソロモン王の日記だと思っている。

ダビデという偉大な父のあとをついだソロモンは、神の恵みのもと知恵を与えられ、その治世を治めた。

難解な問題も見事に裁き、その裁きは人々の知るところとなる。

果たして老いてその身を振り返れば、彼とて冒さぬ罪などなく、人間に過ぎない。

思うところ、色々あったのだろう。

エジプトに臣下の礼をとり、エジプト王の娘を娶る事で、イスラエルの安全保障とした事に関しては、これをよしとしない者たちもいた。

それについて聖書には、神のことばはない。

おそらく、神とは何の関わりもなく、ソロモン自身が、もしくは周りの者が決めた事なのだろう。

政略結婚とも言われるが、残酷残虐な革命の起きた国々はたいてい、よその国から妻を娶っている。

国民が豊かで幸福ならそれも気にしないだろうが、

あふれるほどの貧しい人々と、公務に携わる者たちからの搾取、暴力、不当な扱いに、よその国からついてきた下々の者たちとの不平等や商売争いの時代は、憎悪の対象をつくりだす。

官僚以下の公務に携わる者たち、庶民と直接関わり、交わる者たちこそ、不自由で貧しい。その矛先が、弱い者に向かう事が多々ある。

もちろん、貧しい民に 良い教育など受けられるはずもなく 粗野で乱暴な者も多い。

弱い者いじめも不良行為も地に満ちる。

国の娘たちが売られ、男子は戦に駆り出され、間引きされる。

国は分断され、暴力沙汰は絶えない。

鳶もやってきては 囃し立てる。

常に挑まれ、仲間たちに見張られ、見下され、邪魔をされ、足を引っ張られ、ついには尊厳や人権まで奪われる。

双方 犠牲が絶えない。

敵国と限らず

悪弊が良幣を駆逐

悪兵が良兵を駆逐

そして、時を待っていた強盗団を招き入れ、彼らは乗り込んでくる。

わざと、国民を貧乏に、苦役を架し苦しめ、騙し続け、そうした長期計画を立てている者たちもいる。

悠仁さまは、どんなに押し売りされても、中国や韓国朝鮮系のアジア系の娘を娶ってはいけない。

決して。

他人、女、子どもの生命・財産・人生・尊厳・人権を尊重する事を学ばず知らず、

弱い者いじめ、日本人には何をしてもいいという

無礼で騒々しい、

日本人の顔と区別のつかない国に、

臣下の礼などもってのほか

果てしなく

テサロニケの信徒への手紙 二 1:11-2:2
(皆さん、わたしたちは)このことのためにも、

いつもあなたがたのために祈っています。

どうか、わたしたちの神が、あなたがたを招きにふさわしいものとしてくださり、また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように。

それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです。


さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストが来られることと、そのみもとにわたしたちが集められることについてお願いしたい。

霊や言葉によって、あるいは、わたしたちから書き送られたという手紙によって、主の日は既に来てしまったかのように言う者がいても、すぐに動揺して分別を無くしたり、慌てふためいたりしないでほしい。




まだまだ先は長そうだ。

大馬鹿野郎たちが、憎悪の連鎖を遺し、

居座る時代。

なんて大馬鹿野郎なんだ

と、

他人を馬鹿呼ばわりする者が

小さい者たち

ルカによる福音書 19:1-10
(そのとき、)イエスはエリコに入り、町を通っておられた。

そこにザアカイという人がいた。

この人は徴税人の頭で、金持ちであった。

イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。

それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。

そこを通り過ぎようとしておられたからである。

イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」

ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。これを見た人たちは皆つぶやいた。

「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」

しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言った。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」イエスは言われた。

「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

自惚れ

ルカによる福音書 18:9-14


(そのとき、)自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。

「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。

ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。

わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』

ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。

『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』

言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。

だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる




イエスがエルサレムに上る旅の途中での出来事。

ファリサイ派の人に「神の国はいつ来るのですか?」と聞かれ、「神の国は、見える形ではこない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に神の国はあなたたちの間にあるのだ」と、お答えになった。

その後弟子たちに、しつこい寡婦と、不正な裁判官の例えを話されたあと、

「神は昼も夜も叫び求める選ばれた人たちを放っておくことはない。」と教えられた。

しかし、人の子が来る時、果たして地上に信仰を見出すだろうか、とおっしゃった。

その後、

「自分は罪人ではない」というファリサイ派の自惚れと、「罪人の私を憐れんでください」という徴税人の例えを話されたのが、この福音。

ファリサイ派は、神秘主義者とも言われ、ハスモン王朝時代に形成されたユダヤ教の派閥。

祭司や上流階級中心のサドカイ派とは、天使や霊、死者の復活、律法の解釈、生活実践などで、対立していたが、双方、民衆に大きな影響力があった。

そして聖パウロはかつてファリサイ派に属していた。イエスに出会う瞬間まで。

戒律を守り、律法を守り、断食もし、全収入の1/10を捧げ、清く正しく生き、あんな罪人でない事を感謝しますと自惚れた人間と、

神殿にあがる事もできず、胸をうち、自分が罪人である事を痛恨し、神に憐れみを叫ぶ人間と、

神はどちらを義とされたか、という教え。

今は、そのどちらでもない者たち、イエスとはなんの関わりもない 神を信じない者たちが世界を覆い、力を奮い、それを誇示している時代。

救い主とは一切、なんの関わりもない者たちが、人類に影響を与え、大勢の人々を動かし、彼らのお望みの世界を構築しようと誘導している時代。

どこへ向かうのか。

憐れみもなく、力を誇示しながら利益のために人々を実験台とし、

隣人を挑発してはいつまでも侵略と殺し合いを繰り返して。

召し出し

テモテへの手紙 二 4:6-8、16-18

(愛する者よ、)わたし自身は、既にいけにえとして献げられています。

世を去る時が近づきました。

わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。

今や、義の栄冠を受けるばかりです。

正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。

しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。


わたしの最初の弁明のときには、だれも助けてくれず、皆わたしを見捨てました。

彼らにその責めが負わされませんように。

しかし、わたしを通して福音があまねく宣べ伝えられ、すべての民族がそれを聞くようになるために、主はわたしのそばにいて、力づけてくださいました。

そして、わたしは獅子の口から救われました。

主はわたしをすべての悪い業から助け出し、

天にある御自分の国へ救い入れてくださいます。

主に栄光が世々限りなくありますように、アーメン。




パウロは、イエスを信じる者たちを打ち、迫害し、投獄し、殺していた。

立派な家柄で、ローマにも国籍を持ち、イエスを信じる者たちをどうにでもできるあらゆる権限も持っていた。

そして彼は、それをフル活用していた。

ある日、彼はイエスに出会った。

そして変えられた。

それは辛かったろう。

葛藤 転回

常に胡散臭い目で見られ、片側からは裏切り者扱い、片側からは➖かつて迫害した恐ろしい人物➖信用ならぬ。

しかしパウロはイエスを伝え続け、教会の礎を築いていった。このパウロがいなければ、現在の➖目に見えるしるし➖としての教会はなかった。

必要な人物として、イエスが直接触れて、この男を呼んだのだ。

世界中のお金持ち組織や政治団体をつくれ、と、呼んだのではない。

貧しく 弱い 力のない、ダメな者たち同士、助け合いなさい。

権力 それによる暴力や偽りではなく、憐れみと思いやり、愛で繋がっていなさい。

多分、そんな感じかな?

信じないものではなく、信じる者になりなさい。

破壊する者ではなく、築く者になりなさい。

殺す者ではなく、生かす者になりなさい。

それこそ神が人に求め、待ちわびている事なのだと

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

救い主に敵対する者

「自由に口をきけなくする悪霊・サタン」

ルカによる福音書11章14節から23節

14イエスは悪霊を追い出しておられたが、それは口を利けなくする悪霊であった。悪霊が出て行くと、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆した。

15しかし、中には、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言う者や、16イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。17しかし、イエスは彼らの心を見抜いて言われた。「内輪で争えば、どんな国でも荒れ果て、家は重なり合って倒れてしまう。

18あなたたちは、わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うけれども、サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立って行くだろうか。19わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか。だから、彼ら自身があなたたちを裁く者となる。

20しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。

21強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。

22しかし、もっと強い者が襲って来てこの人に勝つと、頼みの武具をすべて奪い取り、分捕り品を分配する。

23わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」

裁く神

シラ書 35:15b-17、20-22a


主は裁く方であり、人を偏り見られることはない。
貧しいからといって主はえこひいきされないが、虐げられている者の祈りを聞き入れられる。


主はみなしごの願いを無視されず、やもめの訴える苦情を顧みられる。


御旨に従って主に仕える人は受け入れられ、その祈りは雲にまで届く。


謙虚な人の祈りは、雲を突き抜けて行き、

それが主に届くまで、彼は慰めを得ない。


彼は祈り続ける。

いと高き方が彼を訪れ、正しい人々のために裁きをなし、正義を行われるときまで。




【集会の書】

全くこのままその通り、神さまの人格について記されています。そしてその神に 祈り続ける彼。

彼に倣いなさい、そう伝えています。

それにしても、

ウクライナ人にしろ、ロシア人にしろ、海外での生活費はかさむね。

毎日ホテル暮らしができる人ばかりではないでしょうし、すぐ職につき、尽きることのない預金があるわけでもないでしょうし。

どんな事で、ナニで収入をえるのかな。

ホームレス化しているところもあるとか。

いつまで人々を路頭に迷わせて置く気だろう。

勝手な人たちだな。

なんの関わりもない人々を巻き込んで。

当事者らは皆自分たちを正当化しているけれど、死者らに対し、正当化できることは一つもない。平和に暮らしていた人々の日常を 勝手に奪い。

そして、いつまでも水道光熱費 食料の高騰に怯えながら暮らす人々。

住宅ローンを抱え、金利政策にハラハラする人々。

家賃 水道光熱費が払えなくなる人。

どうしたらこんな無謀な計画、

政策を他人に強いることが出るんだろう。

あの人たちは

逃亡物語

出エジプト記 17:8-13
アマレクがレフィディムに来てイスラエルと戦ったとき、モーセはヨシュアに言った。

「男子を選び出し、アマレクとの戦いに出陣させるがよい。明日、わたしは神の杖を手に持って、丘の頂に立つ。」


ヨシュアは、モーセの命じたとおりに実行し、アマレクと戦った。

モーセとアロン、そしてフルは丘の頂に登った。

モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった。モーセの手が重くなったので、アロンとフルは石を持って来てモーセの下に置いた。

モーセはその上に座り、アロンとフルはモーセの両側に立って、彼の手を支えた。

その手は、日の沈むまで、しっかりと上げられていた。ヨシュアは、アマレクとその民を剣にかけて打ち破った。




アブラハムとサラには子がなかった。そのため、サラは自分の女奴隷エジプト人のハガルとの間に子をもうけるよう、夫アブラハムに勧めた。

ハガルは子を身籠ると、女主人を軽んじはじめたので、サラはハガルにつらく当たった。

そしてハガルは逃亡し、その途中、神の人に出会った。彼により、胎内の子はイシユマエルと名付けられた。

「女主人のもとに帰り、従順に仕えなさい」

ハガルはその通りにした。

のちに、主はサラを心にかけ、天使らを遣わし、子を授かる事を告げられる。

そうして、老いてやっと授かったのがイサクである。

イサクは40歳になってリベカと結婚した。妻リベカに子ができなかったので、妻のために主に祈った。祈りが聞き届けられ、妻リベカは身籠って、エサウとヤコブの双子を授かった。

時がすぎ、

エサウもまた40歳になって妻を二人迎えたのだが、この二人は、イサクとリベカにとって悩みの種となった。騒々しくて厚かましくて我儘だったのかしら・・・

ある日、老いたイサクが、息子エサウに祝福を与える事を知った母親リベカは、策をこうじ、目が霞んでよく見えなくなったイサクを騙して、気に入らない二人の嫁を持つ兄のエサウではなく、ヤコブに祝福をさせた。

ヤコブの兄エサウは、エドム人の祖とされる。

エサウの片方の嫁は、ヘト人。その息子エリパズが、テムナという側女との間にもうけた息子をアマレクという。

兄エサウはエドム人の祖、

兄とヘト人妻の息子が、側目に産ませた子がアマレクの祖。

さて、

祝福を奪われた兄エサウは怒りに燃え、弟ヤコブを殺そうとしていたので、母リベカは、ヤコブを自分の実兄のいるハランに逃げるよう計らった。

「お兄さんの憤りがおさまるまで、しばらく伯父さんのところへ置いてもらいなさい」

「わたしは、(エサウの嫁たち)ヘト人の娘たちのことで、生きているのが嫌になりました。もしヤコブまでも、この土地の娘の中からあんなヘト人の娘をめとったら、わたしは生きているかいがありません」

父のイサクもヤコブを呼び寄せ、

「お前はカナンの娘の中から妻を迎えてはならない。ここをたって、ベトエルおじいさんのところへ行き、そこでラバン伯父さんの娘の中から結婚相手を見つけなさい」そう祝福をし送り出した。

時は流れ、ヤコブはラケルを妻とした。そして、イサクがかつて滞在してしていたカナン地方に住んだ。

子宝にも恵まれたが、年を老いてから授かった未子のヨセフを ことさら可愛がった。

そしてヨセフは兄たちの事を 日頃から父に告げ口していた。

父のヤコブが、ヨセフには裾の長い晴れ着をつくってやり、誰よりも可愛がるので兄たちに憎まれていた。

ある日兄たちは、ヨセフの着ていた晴れ着をはぎとり、彼を捕らえて穴に投げこんだ。

そこにイシュマエル人の隊商がやってきたので 兄たちは彼にヨセフを売ろうと話し合っていた。

その間に、ミディアン人の商人たちが通りかかり、ヨセフを穴から引き揚げ、イシュマエル人に売った。彼らはヨセフをそのままエジプトに連れて行ってしまった。

ヨセフは、ファラオ王の宮廷のエジプト人の役人、侍従長ポティファルに買い取られた。

主がヨセフとともにおられたので、エジプト人の主人は家の管理をゆだね、全ての財産を彼の手に任せた。主は、ヨセフのゆえに、そのエジプト人の家を祝福された。

しばらくして、世界中の飢饉が激しくなった。

その頃、ヨセフは不思議な夢の解釈してファラオ王に気に入られ、宮廷の責任者になっていた。30歳の時である。

飢饉が激しくなり、父ヤコブ、そしてヨセフを殺そうとした兄たちも エジプトを頼って移住してきた。

ヨセフは兄たちを許し、彼らの住まいを定め、最も良い土地に住まわせ、全ての家族を養った。

エジプト人は飢饉の激しさに皆 自分の畑を売った。

農地、土地を ヨセフはファラオのために買い上げた。ヨセフはさらに、エジプト人を奴隷とした。

時がすぎ、

その世代の人々は皆死んだ。

新しい王がエジプトを支配していた。

イスラエル人が増えすぎたので、エジプト人らは、強制労働をかし、それは過酷極めるものだった。

その頃、レビ人とレビ人との間に、男の子が生まれた。殺されぬよう籠を用意して、その中に男の子を入れ、葦の茂みに置いた。

エジプト王は、助産師に命じて、生まれたらすぐ男児を殺害するよう命じていた。女の子は生かし、生まれた男の子はナイル川に放り込むよう命じた。

その頃、籠に入れられ、葦の茂みに置かれ、ひろわれて生き延びた赤児がモーセである。

彼は成人し、同胞のヘブライ人が重労働に喘ぎ、エジプト人に打たれているのを見た。

モーセは、同胞を打つエジプト人を殺した。翌日、今度は同胞同士ヘブライ人同士が喧嘩をしていた。

「どうして自分の仲間を殴るのか」モーセは悪い方を嗜めた。

すると彼は、「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」と言い返してきた。

エジプト人を殺したモーセを ファラオは捕らえて殺そうとしていた。

モーセは逃げた先のミディアン地方の祭司の娘ツィポラと結婚し、子をもうけ、ゲルショムと名づけた。

モーセは自らを➖異国にいる寄留者(ゲール)➖と言っていたからである。

それから長い年月がたち、イスラエルの人々は労働のゆえにうめき叫んだ。エジプトによる過酷な労働のゆえに 嘆く人々。

神は救けを求める人々の叫びを聞いて、アブラハム イサク ヤコブとの契約を思い起こされた。

枷せらた重荷に喘ぐ人々の、神がモーセを使った救済の旅のはじまりである。

そして出エジプト17章8ー13は、その旅の途中の戦いの場面。

主がともにおられる人々は幸い。

旧約の時代の物語。

そうして、いつの時代も モーセになりたがる者が現れる。

旧約聖書に出てくる災いは、科学や軍を使って人為的に引き起こせる時代。

旧約聖書をなぞり 真似る➖究極の無神論、そしてカルト。

今や、食糧不足も飢饉も 暴風も 雹も 洪水も 疫病も 大雨も雪も 地震も 人間が行える時代。

人類は、すでに獲得した化学 科学 医学 軍事を操ることが可能なのだ。

膨大な資金と燃料が無駄に使われ、周辺で異常気象を引き起こし 気候変動をおこさせ、多くの犠牲をもたらすだけの、余計な事。

神の愛、真のご計画、経綸を穢す傲慢さ。

この旧約の物語は、蛇にそそのかされ、神を裏切り、天国から追放されたアダムとエバ、嫉妬にかられカッとなり弟を殺した兄からはじまって、愚かで惨めで憐れな人間たちの歴史。

そしていつの時代も現れる、ムチをふるっては過酷すぎる労働を架す者と、喘ぐ者たち。

人間たちが克服できない嫉妬 怒り 欲望 感情 虚栄。

カッとなってはすぐに暴力をふるう。

排斥し 人を殺しては逃げる 捕らえては殺させる 騙す 奪っては逃げる

奴隷にしては奴隷にされ 奴隷にされては奴隷にする。

そうした旧い人たち 旧い人を脱ぎ捨てなさい、と 神さまは伝えた

そして それを待つ神。

常に、神は人類とともに在る。

信じようが信じまいが、神は歴史に必ず介入し続ける。

気を落とさず たえず祈りなさい とは、その事。

おりがよくても悪くても。