ヤコブとヨハネの願い

マルコ福音書10-35〜

年間29主日B年

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て,イエスに言った。

「先生,お願いすることを叶えていただきたいのですが」

イエスが,

「何をして欲しいのか」と言われると,

二人は言った。

「栄光をお受けになる時 私どもの一人をあなたの右に,もう一人を左に座らせてください」

イエスは言われた

「あなた方は自分が何を願っているか,分かっていない。この私の杯をのみ,この私が受ける洗礼を受けることができるか」

彼らが

「できます」

と言うと,イエスは言われた

「確かに,あなた方は私が飲む杯を飲み,わたしが受ける洗礼を受ける事になる。

しかし,私の右や左に誰が座るかは,わたしの決める事ではない。

それは,定められた人々にゆるされるのだ」

他の十人の者たちはこれを聞いて,ヤコブとヨハネの事で腹を立てはじめた。

そこでイエスは一同を呼び寄せて言われた

「あなた方も知っている通り 異邦人の間では,支配者とみなされている人々が民を支配し,偉い人達が権力を奮っている」

「しかし,あなた方の間では そうではない」

「あなた方の中で 偉くなりたいものは皆に仕える者になり,一番上になりたい者は 全ての人のしもべになりなさい」

「人の子は 仕えられるためではなく仕えるために,また,多くの人の身代金として自分の命を献げるためにきたのである」

ー黙想ー

マタイ20章を見ると,「ヤコブとヨハネの母の願い」となっている。そしてゼベダイの息子たち,と記されているので,父親の名はゼベダイ,ヤコブとヨハネは実の兄弟だとわかる。そしてどうやら,この二人の母親も,イエスさまの旅に同行していたようだ。

カファルナウムで神殿税をおさめ,「天の国で一番偉いもの」「罪への誘惑」「迷い出た羊の例え」「兄弟の忠告」「仲間を赦さない家来の例え」の教えのあと,

イエスはガリラヤを去りヨルダン川の向こう側 ユダヤ地方に行かれ 大勢の群衆がついてきた。そしてイエスは 人々の病気を癒やされた。

イエスは群衆の先頭に立ち
ヨルダン川の向こう側 エルサレムへ向かった

そこでは,ファリサイ派(2021年現在 この流れをくむカバラ教団がハリウッドやセレブ界で栄華を極めている。カトリックを棄教したマドンナもあちら側へ渡り 資金面・宣教面 勧誘面で大活躍中。彼女は昔から,日本のカトリック総本山に アメリカ人の使用済み電気のクソゴミをかつて投下した民主党支持者。彼女の日本でのスポンサーは昔はMITSUBISHI 今は知らん),の人々がイエスを試す。

そこでイエスは,離縁について解き,天地の創造主である神のことを人々に思い起こさせ,頑なで我儘な人間たち,集団に,当時の指導者モーセが仕方なく,離縁を認めた事を話し,婚姻 姦通の罪 人々の生き方について語った。

子どもを祝福し,そこをたち 旅に出るとき,金持ちの青年が慌ててやってきた。そして イエスのこたえを聞き,悲しみながら去っていった。

「永遠の命」について イエスは弟子たちに教え,さらに「ぶどう園の🍇労働者」の例え話をして聞かせた。

そうして,彼らはエルサレムへ向かったのだ。

イエスは,十二人の弟子だけを呼び寄せ,自分がエルサレムでどんな目に遭うか,

祭司長たち,律法学者たちに引き渡される事。

彼らによって死刑を宣告される事。

異邦人(ローマ人)に引き渡される事。

侮辱され,鞭打たれ,十字架につけられること。

そして,三日目に復活することを弟子たちに予告した。

そうした,この小さな群れにこれから後待ち受ける厳しい受難の話をしているときに,この ヤコブとヨハネはわざわざ進み出て,一人を右に 一人を左に座らせて欲しいと願う。

いわゆる 確約が欲しいのだ。

ここでイエスは「あなたがたは その時私を裏切る事になる」とは言わなかった。裏切る と言う単語を使ったのは 会計係のユダに対してだけだと一般に思われている。実際は、そこにいる男全員が イエスを裏切り 逃げる。

お前も仲間だろ?一緒にいたよね?と問われても,「知らない」と否認するのだけれど。

イエスは事の起こる前から,すでにこれら全てを知っておられたのだけれど,ヤコブとヨハネ そして弟子たちに 限りなく優しい。この弟子たちの弱さを よくご存知なのだ。そして そうなっても仕方のないほどの残酷な受難が ご自分に待ち受けている事も。

このゼベダイの息子たちが願ったのは つまり,

右大臣とか左大臣とか 助さん角さんを想像してみて。ヤコブとヨハネは、そんなふうな図を想像していたのね。

確かにね,日本には あなたが政権についたなら 私を何何の大臣に 倅をナニナニの大臣に あれをこれをなになにに,があるでしょう。

ろくな知識や,その分野での経験もスキルもなくとも。

また,誰それの娘を誰それの嫁にぜひ など。

その時,

「あなた方は自分が何を願っているか分かっていない」

と 言えるのは,現実に試練を受けた者たちだけだろう。彼らは すでに報いを受け 称賛されては侮辱され 苦い杯をのみ 十字架に磔にされ 自由を奪われ 裸にさせられたのだ。そして,集団や人々の軽薄さも裏切りも味わい 野心や欲望の虚しさを知っている。

彼らは イエスの気持ちがよくわかるだろう。

そして 人々の残酷さも。

もちろん,抜けがけしたヤコブとヨハネに 他の弟子たちは怒るよね(笑)

そんな弟子たちにイエスが教えたのは

「支配者とみなされる者が人々を支配し 偉い人たちが権力を奮っているが あなた方の間ではそうではない」

「みなに仕える者になり 全ての人のしもべになりなさい」

「人の子は 仕えられるためではなく仕えるために また 多くの人の身代金として自分の命を献げるために(地上に)きた」と。

作成者: sumiremama

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