父と子と聖霊

三位一体

お母さんの栄養・乳 またはミルク 離乳食、などなど、それらは胎児・生まれてまもない子らの血となり肉となり 体を形成していく。

ご聖体、それは司祭のことばと動作によって、キリスト・イエスの霊を宿した体と呼ばれるパンを 弟子たちがいただく事で私たちが聖霊とともに一体になるということ。

だからと言って弱い肉をまとった人間にすぎない私たちが全く罪を冒さない という意味ではなく むしろおかすものだという前程がある。

だからこそ祈りなさい 求めなさいという事。罪に囚われ捕らわれ 自由を失ってはいけない。闇ではなく光を求めて生きなさい。

そして神の御心ではない悪に傾きやすい 陥りやすい 神が望まない悪い者たちの仲間になりやすい 弱い私たち人間のために たえず祈りなさいとおっしゃっている。

信心業でも 心の中でも 聖堂でも トイレでも 歩きながらでも走りながらでも どこでもできるでしょ?

なんならそれでも足りない。

なので、秘蹟という尊い助けもお与えくださった。それは求めさえすれば何度でも与えられる。

さらにみなしごらのために 地上での家=教会、地上でのお父さん=パパさま、さらに地上での兄弟姉妹も与えてくださった。

弱い私たち人間を 神はそれほどにも愛してくださっているという事。

信者ではない人々 病床にあるもの 教会から離れたものたちの事も、心を一つにして祈る事で彼らとも一体なのだ。

働く神父様や修道者 信者らは 病床の中にある人に呼ばれれば、教会の中に籠る事なく出かけて行く。

悪人だの闇だのというのは 単にならず者だのヤクザだの暴力団・マフィアのことを言っているのではない。

地上に生きる私たち人間 誰しも 大なり小なり、いつでもどこでも 神さまのお望みではない方向に 思い ことば 行いをしてしまうものなのだ。ロボットではないのだから。

父である天地創造の神に 生前、地上でのイエスさまはよく祈っておられた。それは親と子の会話でもある。

そして聖霊。それはイエスさまが地上に生まれる太古の昔からあった。神の光の道標でもあり 聖なる霊は、生かし、動き 動かす。

同時に 人間による悪霊も現れるようになった。その総称でもあり親玉が、悪魔とかサタンと呼ばれる。そしてあっという間に霊や魂は、個人であれ集団であれ、それらに支配されてしまう。

そしてそれらは、聖なるものを激しく妬み、嫌い、歯向かい、傷つけ 殺す。

祈りましょう。

父と子と聖霊のみ名によってアーメン

天におられる私たちの父よ

御名が聖とされますように

みくにがきますように

みこころが 天に行われるとおり

地にも行われますように

私たちの日ごとの糧を

今日私たちにお与えください

私たちの罪をお赦し下さい

私たちも人を赦します

私たちを誘惑におちいらせず

悪からお救いください

アーメン(そうなりますように)

しかし 全ての祈願 願いも、私の願いではなく 御心のままに。聖霊、あなたにゆだねます。

じゃあ 何が神の御心なのか、御計画なのか、これは預言の霊なのか 戯言なのか どっちにしよっかな〜などなど 何かを選択する時 カトリック教会の場合、信者らが集い聖霊により頼み 主の祈りをし 思い思い自由に発言する それから識別をする。

もっと詳しく知りたい方、いや違うよ という方は 教会でも神学者にでもお尋ねください。私は学者でも論説委員でもありませんから。

間違っていたら、主よ お赦しください

父と子と聖霊によって アーメン

2021年5月30日三位一体の祝日

作成者: sumiremama

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