サウル・ダビデ・ソロモン

さて、前回のブログに「ダビデ」という名が出てきました。勝ち目のない大男との戦いに 握ったたった一つの石で🪨勝利した人です。

この、民族の誇りでもあったダビデについて語るには、遡ったらきりがないのでどうしようかな、ボアズまでにしとこうか。

獅子が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ〜旧約聖書ルツ記〜

エリメレク、妻はナオミ、そして息子2人。夫エリメレクは、妻ナオミと2人の息子を残し死んだ。

息子たちはその後、移り住んだモアブの地で妻を娶った。1人はオルパ、もう1人はルツといった。

後、2人の息子も死に、ナオミは1人残された。そこでモアブの地を去り、ひとり生まれ育った故郷に帰る事にした。

ナオミは2人の嫁に言った。

「自分の里へ帰りなさい。あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。どうか神がそれに報い、あなたたちに慈しみをたれてくださいますように。どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え あなたたちが安らぎを得られますように」

2人に別れの口づけをすると 2人は声をあげて泣いて言った。「いいえ ご一緒にあなたの民のもとへ帰ります」

どうですか 皆さま。よほどいい姑だったというのがわかりますね。

それとも、いい姑でいられたのは、心根の優しいいい嫁たちだったのか。

それとも、いい嫁でいられたのは ナオミの息子らが、妻に優しい、いい旦那たちだったからなのかな?

そこは想像するしかないのだけれど、良縁だった事に間違いなかったのですね。

移住先で男ら、つまりナオミの夫も息子らも相当苦労したのがわかるね。栄養も取れなかったのかもしれないね。妻や嫁に先に食べさせていたのかな?

そうでなければ、この一家男全員 若くして死ぬだろうか。

それとも 残される女と、まだ若い嫁2人を狙っていた男どもがいたのかもしれないね。

いや待てよ?飢饉でみんなが苦しんでいる時出て行ったこの男たちを 怒っていた人たちがいたのかもしれない。

わからないねぇ 神の聖霊によって記された聖書に残っていないものについては 「あとはあなた方がそれぞれ思いなさい」という事だから。

ともかく、ナオミは2人のまだ若い嫁に、自分に遠慮などすることなく、あなた方の幸福を見つけなさいと言った。

2人は声をあげて泣いて別れるのはイヤイヤしていたが、1人はやがて、別れの口づけをした。もう1人の嫁ルツは姑のナオミにすがりついて離れなかった。

嫁のルツは言った。

「あなたを見捨て あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは あなたの行かれるところに行き、お泊まりになるところに泊まります。あなたの民はわたしの民 あなたの神はわたしの神。あなたの亡くなる所でわたしも死に そこに葬られたいのです。・・・」

そして2人は、ナオミの里に帰った。そこには、ボアズという、ナオミの亡くなった夫エリメレクの一族でもあり その地の有力な親戚がいた。この人は、その地の農夫を監督していたんですね。

ボアズはルツに言った。

「わたしの娘よ よく聞きなさい。よその畑に落穂を拾いに行くことはない。ここから離れる事なく、わたしのところの女たちと一緒にここにいなさい。刈り入れをする畑を確かめておいて 女たちについて行きなさい。若いものには邪魔をしないように命じておこう。喉が渇いたら、水瓶の所へ行って 若い者がくんでおいた水を飲みなさい」

まぁ 今でいう地主だの、村の有力者だの、名士だの、自治体の長だのがこうしたボアズのような共同体はいいね。

逆になってないかい?

私の祖母が昭和のはじめ頃、小さな子どもたちを遺し夫(わたしの祖父)に先立たれてから、それはもう村だの町だのどっか知らないとこのお偉いさんに、嫁になれだの 愛人になれだの いい家に住めるだの いい着物いっぱい着れるだの 色んな人たちにしこたま言われたそうだけど「それは絶対ダメだって断った」んだそうだ。それはそれは同じ話を 子どもの頃何度も何度も聞かされたね(笑)まぁ そうだろう あの人なら。誇りでもあったんだろうね。現代人で軽薄な私からしたら、女手一つで子どもたちを育てるのは大変だろうに さっさと再婚でもなんでもして いい暮らしすればよかったのに と。

印象的な話がある。その祖母が、山に栗拾いをしにいって背中のカゴに山のように栗を積んで帰る途中、川に落としてしまった。慌てて近くにいる人の傘を借りてかき集めたそうだよ。

親切な人がいたもので 祖母の必死なさまをみて傘を奪い返したり 怒る事もなかったらしい。必死の形相で鬼気迫るものがあったのかな?(笑)なんたって 子どもたちの生活がかかっているものね。

この女は 今日収穫した栗を拾い集めないと 生活ができない 子どもたちに食べさせることができない って思ったのかな?

「よくそこで喧嘩にならなかった」祖母も不思議がってた。

おかげで、半分は取り戻せたらしい(笑)その話も何度も聞かされた。

貧しい未亡人 母子家庭に優しい村だったようだ。

さて、この村の監督者であるボアズはなんと若者らに命じていたか。

「麦束の間でもあの娘に拾わせるがよい。止めてはならぬ。それだけでなく 刈り取った束から穂を抜いて落としておくのだ。あの娘がそれを拾うのを咎めてはならぬ」

おかげでルツは安心して日が暮れるまで、畑で落穂を拾い集めることができた。ミレーの落穂拾いの絵画を見れば 昔の女たちの様子が目に浮かぶね。

さて、姑のナオミは一つの祈願をたてた。自分が老いて死んだあとたった一人遺される嫁、これまでの人生を省みいつ何があるかわからない厳しい世の事を思い 遺される嫁、

案じてなのかな?嫁のルツをボアズが娶ってくれるようにと。

そこでボアズは その地のものたちに交渉の手続きに入った。なるほどね という箇所なので感心のある方は 旧約聖書のルツ記4章を味わってみると良いです。

交渉が神に祝福されるかどうかはする側とされる側 集まった人々の誠実性。

交渉と協議の場面はなかなか面白い。共同体のさまがよくよくわかる。

こうして、ボアズと未亡人ルツの縁は 人々と神の祝福を得た。

これがダビデの系図である。

サルマにはボアズが生まれ ボアズにはオベトが生まれた。オベトにはエッサイが生まれ エッサイにはダビデが生まれた。

さて、エフライムの山地に話をうつそうか。その地の当時の祭司はエリといって 神殿で神に仕えていた。ところがこの息子たちがまた ならず者だった。ありがちでしょ?神に捧げるために人々が持ってきたもの 調理しているもの 皿に取り分けているもの 何かに構わず肉刺しをさしては全部自分たちのものにしてしまうのだ。下働きのものたちが断ると力ずくで奪う。祭司さまの子らなので威張り散らし誰も文句は言えない。咎めようものならクビ または殺されたろうね。

その頃、子が授かることを神殿で狂ったように祈っていた女を神は省みられた。

目撃した祭司エリに、ただの酔っ払いだと思われた女なのだけれど、「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と祭司エリから言葉をもらった。

一度神に承認された祭司の言葉は有効なんですよ。どんな人間でも、例え息子らが馬鹿息子だろうが。

何より神はこの女が神殿で、万軍の主にたてた誓いを聞きとどけた。

神の御心 神のみぞ知る なのですが、

この後 この石女の女はみごもった。その名をサムエルと名付けた。

女は幼な子サムエルを誓いの通り 神にお捧げして 神殿で祭司に仕えさせた。

↓ この絵見たことある方もいらっしゃいますね?有名だね みんな大好き。まぁ わたしの実家にもありますけどね。

エリは非常に年老いて、馬鹿息子たちの評判や行いに心を痛め何度も諭した。馬鹿だから彼らは聞く耳を持たなかった。

そんなある日、神の人、いわゆる今でいう天使なのか、神ご自身なのか、エリのもとに来て神のご計画を告げた。

同時に神は 少年サムエルにもあらわれた。

そうして神が仰られた通り、神の箱はペリシテ人に奪われた。

その後再び戻ってきた。どう奪われ どう戻ってきたのか大変重要でもあり 圧巻なのだけれど ここでは描ききれない。

それから20年、サムエルはその地の指導者となっていた。その頃、民は自分たちには王が必要だと主張していた。それは神の御心ではなかった。しかし人々は逆らい どうしても王様が必要だと我儘を言った。そこでサムエルは頑なな民らのために 神にたずね 神のことばを聞いた。

神はサムエルに言った。「彼らの声に従い 彼らに王を立てなさい」

さて、神はベニヤミン族のある美しい若者を選んだようだ。(観葉植物にもあるでしょ?ベニヤミン。柔らかいゴムの木 幸福の木っても言われてるね Xmasに人気の商品)

サムエルはベニヤミン族の勇敢な男の息子、サウルと神によって出会う。

後、サウルは王に即位することとなる。

王になって 一年二年たった頃、ペリシテ軍は サウルの軍と戦うために集結していた。

ふと気がつくと サウルの地にはどこにも鍛冶屋がなかった。「ヘブライ人に剣や槍を作らせてはいけない」と、ペリシテ人が考えていたからである。

大軍を前に、サウルの兵士らは剣も槍も手にしていなかった。

ある日、神は老いたサムエルにご計画を告げた。「いつまであなたはサウルのことを嘆くのか。」

「角に油を満たして出かけなさい。あなたをエッサイのもとに遣わそう。わたしはその息子たちの中に、王となるべき者を見出した」

それが ダビデである。

随分待たせてごめんね。やっとダビデの登場ですわよ読者の皆さま。さかのぼらないと わからないでしょ?

ダビデは、ユダのベツレヘム出身のエフラタ人で、名をエッサイという人の息子であった。

息子は八人。人々の間の長老であった。

長老エッサイの息子三人も、この勝ち目のないサウルに従って戦いに出ていた。

ダビデは末っ子で、サウルに仕えたり、ベツレヘムの父の羊の世話をしたり 行ったりきたりしていた。

さて、ある日のこと、ペリシテ人は戦いに備えて軍隊を召集していた。まぁ どう見てもサウルの兵士らに勝ち目はない戦なんだけどね。

「あの男(ペリシテの大男)の事で誰も気を落としてはいけません。しもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう」

ダビデが言うわけです。

サウル王はダビデに答えた。

「お前が出てあのペリシテ人と戦うことなどできはしまい。お前は少年だし、向こうは少年の時から戦士だ」

結局 万軍の主に選ばれ油注がれた少年ダビデは 小石でこの大男を倒したんだけどね。現代で言えば 一石を投じた そして大男を倒した となるのかな?

ところが 民の尊敬と信頼と賛美を集めたダビデに対し、王サウル自身、もやもやとした嫉妬に自分自身苦しむ事となる。心根の優しい跡取り息子もいたからね 何かに考えたこともあろう。

ふむ・・・牛若丸、戦果をあげたにもかかわらず、兄に拒絶され追われた源義経みたいな と言えば わかるかな?兄 頼朝には大勢の家臣もおり息子にあとを継がせたかっただろうしね。

それ以外の人間が 強く知恵にとみ 大衆の人気を集めるのは都合が悪いのだ。

はぁ・・・

ずいぶん長くなってしまったので これでこのお話はおしまい。

聖書研究家 専門家の方々のおっしゃるのと違っていたら そちらを信じてかまいませんのよ。

私は単純に神さまを信じ、好きでこんなことをしているだけなのだから。たまたまね、前回のブログでダビデが出てきたものだから思い出してわくわくしたんだよ。どれどれ〜と ボロボロの聖書を取り出してみたってわけ。この箇所 懐かし〜♪

まぁ 読者もいないでしょうけど 神さまは見てるね

ありがとう 主よ

あなたが祝福され、あなたの愛が、私たちをかえりみ、

とこしえに地をおさめますように

アーメン

2021年5月25日火曜日大安の日

そうだ!ソロモンの事を忘れてた。ソロモン王の事は 列王記を読めばわかる

はい、おしまい。

というわけにもいかず、ダビデの王国を揺るぎないものにした人物。

彼は、エジプト王ファラオの娘婿になった。ソロモンはどこに行こうとも 神である主を愛し、父ダビデの授けた掟に従って歩んでいた。

ある夜、神は彼の夢枕にたった。

「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」

ソロモンはこたえた。

「あなたの僕 わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につくことを父に与えられました。わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をおたてになりました。

「しかしわたしは取るに足らない若者で、どのように振る舞うべきかを知りません」

「僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。」

「どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、」

「この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう」

主はソロモンのこの願いをお喜びになった。

さて、次は大岡裁きのもととなった裁き 今でいう判例の場面。大岡越前の頃には 聖書を知っている 信じていた人もわりといたからね。宣教師のおかげでね。伝え聞いていたのかもしれないね。

列王記上3章16〜

生きている子がわたしのものだと主張し合う二人の女が、ソロモンに訴えに出るわけです。

「私こそがこの子の母親です」

幼児を奪い合う。

さて、ソロモンはどんな裁きをしたのだろうか

この一件は有名だね。

このソロモン王は、40年間王国を治め先祖とともに眠りにつき 父ダビデの町に葬られた。その間、主である神はソロモンを慈しみ 祝福しともにおられた。知

恵は 神から授けられたのだ。

作成者: sumiremama

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