逃亡物語

出エジプト記 17:8-13
アマレクがレフィディムに来てイスラエルと戦ったとき、モーセはヨシュアに言った。

「男子を選び出し、アマレクとの戦いに出陣させるがよい。明日、わたしは神の杖を手に持って、丘の頂に立つ。」


ヨシュアは、モーセの命じたとおりに実行し、アマレクと戦った。

モーセとアロン、そしてフルは丘の頂に登った。

モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった。モーセの手が重くなったので、アロンとフルは石を持って来てモーセの下に置いた。

モーセはその上に座り、アロンとフルはモーセの両側に立って、彼の手を支えた。

その手は、日の沈むまで、しっかりと上げられていた。ヨシュアは、アマレクとその民を剣にかけて打ち破った。




アブラハムとサラには子がなかった。そのため、サラは自分の女奴隷エジプト人のハガルとの間に子をもうけるよう、夫アブラハムに勧めた。

ハガルは子を身籠ると、女主人を軽んじはじめたので、サラはハガルにつらく当たった。

そしてハガルは逃亡し、その途中、神の人に出会った。彼により、胎内の子はイシユマエルと名付けられた。

「女主人のもとに帰り、従順に仕えなさい」

ハガルはその通りにした。

のちに、主はサラを心にかけ、天使らを遣わし、子を授かる事を告げられる。

そうして、老いてやっと授かったのがイサクである。

イサクは40歳になってリベカと結婚した。妻リベカに子ができなかったので、妻のために主に祈った。祈りが聞き届けられ、妻リベカは身籠って、エサウとヤコブの双子を授かった。

時がすぎ、

エサウもまた40歳になって妻を二人迎えたのだが、この二人は、イサクとリベカにとって悩みの種となった。騒々しくて厚かましくて我儘だったのかしら・・・

ある日、老いたイサクが、息子エサウに祝福を与える事を知った母親リベカは、策をこうじ、目が霞んでよく見えなくなったイサクを騙して、気に入らない二人の嫁を持つ兄のエサウではなく、ヤコブに祝福をさせた。

ヤコブの兄エサウは、エドム人の祖とされる。

エサウの片方の嫁は、ヘト人。その息子エリパズが、テムナという側女との間にもうけた息子をアマレクという。

兄エサウはエドム人の祖、

兄とヘト人妻の息子が、側目に産ませた子がアマレクの祖。

さて、

祝福を奪われた兄エサウは怒りに燃え、弟ヤコブを殺そうとしていたので、母リベカは、ヤコブを自分の実兄のいるハランに逃げるよう計らった。

「お兄さんの憤りがおさまるまで、しばらく伯父さんのところへ置いてもらいなさい」

「わたしは、(エサウの嫁たち)ヘト人の娘たちのことで、生きているのが嫌になりました。もしヤコブまでも、この土地の娘の中からあんなヘト人の娘をめとったら、わたしは生きているかいがありません」

父のイサクもヤコブを呼び寄せ、

「お前はカナンの娘の中から妻を迎えてはならない。ここをたって、ベトエルおじいさんのところへ行き、そこでラバン伯父さんの娘の中から結婚相手を見つけなさい」そう祝福をし送り出した。

時は流れ、ヤコブはラケルを妻とした。そして、イサクがかつて滞在してしていたカナン地方に住んだ。

子宝にも恵まれたが、年を老いてから授かった未子のヨセフを ことさら可愛がった。

そしてヨセフは兄たちの事を 日頃から父に告げ口していた。

父のヤコブが、ヨセフには裾の長い晴れ着をつくってやり、誰よりも可愛がるので兄たちに憎まれていた。

ある日兄たちは、ヨセフの着ていた晴れ着をはぎとり、彼を捕らえて穴に投げこんだ。

そこにイシュマエル人の隊商がやってきたので 兄たちは彼にヨセフを売ろうと話し合っていた。

その間に、ミディアン人の商人たちが通りかかり、ヨセフを穴から引き揚げ、イシュマエル人に売った。彼らはヨセフをそのままエジプトに連れて行ってしまった。

ヨセフは、ファラオ王の宮廷のエジプト人の役人、侍従長ポティファルに買い取られた。

主がヨセフとともにおられたので、エジプト人の主人は家の管理をゆだね、全ての財産を彼の手に任せた。主は、ヨセフのゆえに、そのエジプト人の家を祝福された。

しばらくして、世界中の飢饉が激しくなった。

その頃、ヨセフは不思議な夢の解釈してファラオ王に気に入られ、宮廷の責任者になっていた。30歳の時である。

飢饉が激しくなり、父ヤコブ、そしてヨセフを殺そうとした兄たちも エジプトを頼って移住してきた。

ヨセフは兄たちを許し、彼らの住まいを定め、最も良い土地に住まわせ、全ての家族を養った。

エジプト人は飢饉の激しさに皆 自分の畑を売った。

農地、土地を ヨセフはファラオのために買い上げた。ヨセフはさらに、エジプト人を奴隷とした。

時がすぎ、

その世代の人々は皆死んだ。

新しい王がエジプトを支配していた。

イスラエル人が増えすぎたので、エジプト人らは、強制労働をかし、それは過酷極めるものだった。

その頃、レビ人とレビ人との間に、男の子が生まれた。殺されぬよう籠を用意して、その中に男の子を入れ、葦の茂みに置いた。

エジプト王は、助産師に命じて、生まれたらすぐ男児を殺害するよう命じていた。女の子は生かし、生まれた男の子はナイル川に放り込むよう命じた。

その頃、籠に入れられ、葦の茂みに置かれ、ひろわれて生き延びた赤児がモーセである。

彼は成人し、同胞のヘブライ人が重労働に喘ぎ、エジプト人に打たれているのを見た。

モーセは、同胞を打つエジプト人を殺した。翌日、今度は同胞同士ヘブライ人同士が喧嘩をしていた。

「どうして自分の仲間を殴るのか」モーセは悪い方を嗜めた。

すると彼は、「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」と言い返してきた。

エジプト人を殺したモーセを ファラオは捕らえて殺そうとしていた。

モーセは逃げた先のミディアン地方の祭司の娘ツィポラと結婚し、子をもうけ、ゲルショムと名づけた。

モーセは自らを➖異国にいる寄留者(ゲール)➖と言っていたからである。

それから長い年月がたち、イスラエルの人々は労働のゆえにうめき叫んだ。エジプトによる過酷な労働のゆえに 嘆く人々。

神は救けを求める人々の叫びを聞いて、アブラハム イサク ヤコブとの契約を思い起こされた。

枷せらた重荷に喘ぐ人々の、神がモーセを使った救済の旅のはじまりである。

そして出エジプト17章8ー13は、その旅の途中の戦いの場面。

主がともにおられる人々は幸い。

旧約の時代の物語。

そうして、いつの時代も モーセになりたがる者が現れる。

旧約聖書に出てくる災いは、科学や軍を使って人為的に引き起こせる時代。

旧約聖書をなぞり 真似る➖究極の無神論、そしてカルト。

今や、食糧不足も飢饉も 暴風も 雹も 洪水も 疫病も 大雨も雪も 地震も 人間が行える時代。

人類は、すでに獲得した化学 科学 医学 軍事を操ることが可能なのだ。

膨大な資金と燃料が無駄に使われ、周辺で異常気象を引き起こし 気候変動をおこさせ、多くの犠牲をもたらすだけの、余計な事。

神の愛、真のご計画、経綸を穢す傲慢さ。

この旧約の物語は、蛇にそそのかされ、神を裏切り、天国から追放されたアダムとエバ、嫉妬にかられカッとなり弟を殺した兄からはじまって、愚かで惨めで憐れな人間たちの歴史。

そしていつの時代も現れる、ムチをふるっては過酷すぎる労働を架す者と、喘ぐ者たち。

人間たちが克服できない嫉妬 怒り 欲望 感情 虚栄。

カッとなってはすぐに暴力をふるう。

排斥し 人を殺しては逃げる 捕らえては殺させる 騙す 奪っては逃げる

奴隷にしては奴隷にされ 奴隷にされては奴隷にする。

そうした旧い人たち 旧い人を脱ぎ捨てなさい、と 神さまは伝えた

そして それを待つ神。

常に、神は人類とともに在る。

信じようが信じまいが、神は歴史に必ず介入し続ける。

気を落とさず たえず祈りなさい とは、その事。

おりがよくても悪くても。

作成者: sumiremama

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