霊操 13日目

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

創世記9章18

ノアと息子たち

箱舟から出たノアの息子たちは、セム、ハム、ヤフェト。

ハムは、カナンの父。

全世界の人々は、彼らから出て広がった。

ノアは農夫となり、葡萄畑をつくった。ある時、ノアは葡萄酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。

ノアの息子でありカナンの父であるハムは、外にいる二人の兄弟に告げた。

ハムの兄弟セムとヤフェトは、着物を取ってきて自分の肩にかけ 後ろ向きのまま歩き ノアの裸を覆った。二人は父の裸を見なかった。

ノアは酔いからさめると、こう言った

「カナン(ハムの息子)は呪われよ 奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ」

「セムの神 主を讃えよ カナン(ハムの息子)はセムの奴隷となれ」

「神がヤフェトの土地を広げセムの天幕に住まわせ カナンはその奴隷となれ」

ノアは洪水の後、350年生き 950歳で死んだ。

ー黙想ー

ノア600歳の時 洪水が終わった。それから350年 ノアは大地で葡萄園🍇をつくり生き 950歳で亡くなった。

その 大地でのある日の出来事の箇所。ここに主である神は出てこない。人間界の出来事。

🍷酔っ払ったノアが裸で寝てしまい それを息子ハムに見られた。ハムは兄弟のセムとヤフェト(土地を広げるという意味)にそれを告げた。

父親の裸を見た者は呪われ 見なかった兄弟は祝福されるという事なのか,

兄弟には知らせず ハムがそっと 父親の裸を覆っていたなら呪われずにすんだという事なのか

後ろ向きに歩きながら 顔を背けて 裸を見ずに覆った息子セム、ヤフェトらの作法を見習うようにとの事なのか 定かではないけれど、

相当 ノアの怒りは激しかったようだ。

おそらく セムとヤフェトは父親ノアの取調べを受けたに違いない。そこで、ハムのその時の様子を聞き 立腹した。

嘲笑でもしていたのだろう

呪われるくらいだから

霊操 12日目

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

創世記 11章

バベルの塔

当時 世界中の人々は同じ言語を使っていた。東から移動してきた人々が シンアルの地に住み着いた。

ノアの息子ハム その息子のクシュ さらにその息子のニムロド。

地上で最初の勇士と言われたニムロドが治めた地方 シンアル。

勇士ニムロド自身は,アッシリア ニネベ、レホボト・イル、カラ、レセンという大きな町を建てた。

ニムロドの地方に住み着いた 東からの移住者らは、石の代わりにレンガ、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。

「さぁ 天まで届く塔のある町を建て有名になろう。そして全地に散らされることのないようにしよう」

主は降ってきた

「彼ら(移住者ら)は一つの民で 皆一つの言葉を話しているから このようなことをし始めたのだ」

「これでは彼らが何を企てても妨げることはできない」

「我々は降って行き 直ちに彼らの言葉を混乱させ 互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」

(我々って もしかしたら神に遣える天使らの事かな)

主は,彼らをそこから全地に散らされたので,この町の建設をやめた。

こういうわけで この町はバベルとと呼ばれた。

主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ また 主がそこから彼らを全地に散らされたからである。

ー黙想ー

神の子らは、今もそうなのだけれど、何を計画するにも 植えるのも建てるのも まずは主に願い求める。主の御心をたずね求める。それからでないと 何一つ始まらない。

しかしノアの子孫の時代となると 神にたずねない者 願い求めない者らも増した。何事も 自分たちの力で成し得る事ができると信じる者が増した。

この移住者らもそうであった。

そこで神は 彼らの野望を止めた。さらに 言語を混乱させた。

スペイン バルセロナにあるサクラダファミリアをご存知でしょうか。

サグラダ・ファミリアは、カタロニア・モダニズム建築 アントニオガウディ未完の作品。

サクラダ・ファミリアは、「サン・ホセ教会」が贖罪教会として計画し、初代建築家フランシスコ・ビリャールが無償で設計を引き受けた。1882年着工,対立勃発 翌年ビリャール辞任。

その後を引き継いで2代目建築家に就任したのが、当時は無名であったアントニオ・ガウディ。

贖罪教会とは 自分たちのお金で建てる民間人による教会。

前教皇ベネディクト16世が訪問し聖別したので、正式な聖堂となる。

聖別とは、神の祝福を受けたという証。

着工の時 新居に入る時など 神父さまに来ていただいて 祝福 聖別していただいたり 新車 楽器 メダイ(聖人のお守り)など 大切なものを聖別していただく事もあります。

サクラダファミリアの完成予定日は一応あるけれども 予定通りピッタリに完成するかもしれないし もっと早くなるかもしれないし もっと後になるかもしれない。

全ては神さまのご計画。

完成まで約144年とすれば,約3〜4世代ということになるのかな?

その間、そこでいっときでも労働に加わった世界中の人々は,土木・建築を基礎から学び 技術を継承し また 新しい技術も取り入れ 身につけ 世界に散って 脈々と受け継がれていったのだろう。

日本の建築技術は、世界に誇れるものだった 昔は。くぎ一つ使わず城を建てた。そうした人々が 城下町にたくさんいた。

多分 普段 田んぼ畑 漁 きこりをしている人たちもかりだされたであろう。雑な仕事はできないしない人たちばかりだ。

そして彼らは 風の音 波 空の動きにとても敏感だ。決して無理はしないさせない。日本は縦に長く 気候の全く違う人々は産業もまた違うけれど,自然災害の多い国では 時を見極めるカンが強い。いわば本能。

田植えをするもの達は 水質と害虫の監視を怠らず きこりや畑を耕すもの達は 土壌と鋤 斧の手入れを怠らない 漁師は漁に出た都度 網の手入れを念入りにする。

家族総出で。

そうした人々が建築にたずさわれば それは頑丈で立派なものが建つのは当たり前だ。村に男手が足りなくなれば すなわち互いが困る事となる。当然,お互いの身体を大切にしなくてはならなかった。押したり引いたり叩いたりなどの危険は犯さない。喧嘩は地上の安全な場所で。さらに土壌にゴミなどと ありえない。互いの身体を大切にするという事であれば ブラック労働など 本来してもさせてもいけない。

そうして 全ては継承されていった。

戦だの戦争がなければ。出稼ぎがなければ。行った先で騙されたり殺されなければ。栄養不足で流行り病などがなければ 革命などなければ 幕府朝廷の無理な年貢の要求がなければ、

男手不足で、外国人の手を借りる事もなかっただろう。地方や外国人を奴隷のように扱い うち捨てる事も。

バベルの塔は 他から移住してきた人々の野望で、

サクラダファミリアは,神を信じる人々によって。

日本の城は そこの領主の姿そのもの。富と民が多ければ それだけ大きく立派なものは建てられる。

それを戦後模したのが 運動会のピラミッドだった。ピラミッドの大きさ高さがそこの学区・自治会の大きさ 強さでもある。強く丈夫な子どもが多いか少ないか 将来の働き手 税収入の目安が一目でわかる。

馬鹿馬鹿しい 子どもらにそんなことをさせて喜ばせるなんて。

今の子ども達には危険すぎる。

今の子どもたちを知らなすぎる。

地域の大人達を喜ばせるために 子どもを危険に晒すのはよくないね。

いじめ事件 少年犯罪を見ればわかるはずだけれど。

押す 引っ張る くすぐる わざと片方の力を抜く・・・教師らが全員の動きを見れるわけもなく 証拠もなく 大怪我して寝たきりになっても 死んでもなんの補償もない。

実際 園であれ学校であれ,大きな事故は増えている。工事現場もでしょ?

極めつけは 原発事故。

ピラミッドだの騎馬戦だのをやめるようになった学校が増えたのはいい事だ。

少子化の義務教育の1番のミッションは 大人達を喜ばせ満足させるための学校・行事ではなく 心身ともに五体満足のまま卒業させること。

それに尽きる

それができないようなところなら 行くことはない

彼らの狡猾さ 無責任さは いやというほど露わになったのだし

霊操 11日目

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

創世記10章 ノアの子孫

洪水ののち、地上の諸民族はノアの子孫から分かれた

これはその系図である

【ノア】→セム・ハム・ヤフェト

【ヤフェト】→ゴメル・マゴグ・メディア・ヤワン・トバル・メシェク・ティラス

ヤフェトの子【ゴメル】→アシュケナズ・リファト・トガルマ

ヤフェトの子【ヤワン】→エリシャ・タルシシュ・キティム・ロダニム→海沿いの国々

ノアの子【ハム】→クシュ・エジプト・プト・カナン

ノア→ハム→【クシュ】→セバ・ハビラ→サブタ→ラマ→サブテカ

ノア→ハム→クシュ→【ラマ】→シェバ・デダン・ニムロド

ノア→ハム→クシュ→ラマ→【ニムロド】地上最初の勇士・勇敢な狩人

「主の御前に勇敢な狩人 ニムロドのようだ」という例えがある

ニムロドの王国の町は、シンアルの地、バベル・ウルク・アッカド

シンアルからアッシリアに進み、ニネベ・レホボト・イル・カラ・レセン(ニネベとカラの間にある大きな町)を建てた

ノア→ハム→【エジプト】→リディア人・アナミム人・レバビム人・ナフトヒム人・上エジプト人・カスルヒム人・カフトル人

ノア→ハム→エジプト→カスルヒム人→【カルトル】→ペリシテ人

ノア→ハム→【カナン】→長男シドンとヘト・エブス人・アモリ人・ギルガシ人・ヒビ人・アルキ人・シニ人・ツェマリ人・ハマト人

カナン人諸氏族が広がる

領土は、シドンから南下、ゲラル、ガザ、ソドム、ゴモラ、アドマ、ツェボイム、ラシャ

ノア→【セム】(エベルの先祖となる)→エラム・アシュル・アルパカシャド・ルド・アラム

ノア→セム→【アラム】→ウツ・フル・ゲテル・マシェ

ノア→セム→【アルパクシャド】→シェラ→エベル

ノア→セム→アルパカシャド→シェラ→【エベル】→ぺレグ・ヨクタン

※ぺレグ由来・・・その時代に土地が分けられた(パラグ)

ノア→セム→アルパカシャド→シェラ→エベル→【ヨクタン】→アルモダト・シェレフ・ハツァルマベト・イエラ・ハドラム・ウザル・ディクラ・オバル・アビマエル・シェバ・オフィル・ハビラ・ヨバブ

ノア・セムの子孫ヨクタンの子らの領土・・・メシャからセファルに至る東の高原地帯

ー黙想ー

ノアの子孫の系図は面白いね。天皇のご先祖さまもまた色々な説があって 特定の豪族が神と言われ 日本を築いていったとされる。大昔 豪族同士の戦に勝ったのが今の天皇のご先祖さま という説が 一番しっくり 現実的かな。

天照の神と言われているけれどそれはどうかな。神格化しすぎだと思う

戦後、人間宣言したのだし。

これから医科学がもっと進化すれば、DNAで色々なことがわかるそうだけど、コロナワクチンがDNAに影響を与えていなければの話。

2021年 令和の時代は、眞子様のご結婚、皇位継承、男系女系、さまざまな課題を抱えている。

そして 9月22日現在、自民党総裁選を控えている。候補者の中には、女系を容認して皇室を維持していく というかたもいれば、男系男子はなんとしても継承していかねばならない、そのため 戦後一度離脱させられた宮家男子らを皇族復帰させよ という声がある。

さまざまな権限に与りたい人が群がっているのね

どうだろう?神儀を執り行うお方が 不浄と言われる生理のある女性というのは。これは 差別といった問題ではない。

じゃあ どうやって男系男子を維持し 天皇家を存続させるか

天皇家 皇族が 良心の象徴となっているか

そうした存在 光であれば それは神さまの恵みで自然と残っていくのだろう

全てを見て聞いて知っておられる天地の創造主がお決めになること

神に隠蔽などというものは通用しない

例え 人間や世界はだませても

嘘 偽り 天皇家・皇族の権威を利用する者たちによる 享楽 権力 その身 その組織の安全と安寧をはかる者たち そのために無実の人間たちを貶め 自由を奪い 利益を貪る 憐れみのない残酷な者らが人を苦しめる闇であるなら 自然と消滅するのは神の御心なのだ

存在そのものが 多くの無実の民を不幸にしてしまう

例え天皇家の人々が どんなに優れた

どんなに善い人であっても

霊操 10日目

敬老の日

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

創世記 9-1

祝福と契約

神は ノアと彼の息子たちを祝福して言われた

「産めよ 増えよ 地に満ちよ」

「すべての獣 空のすべての鳥は,地を這うすべてのもの 海のすべての魚とともに」

あなたたちの前に恐れおののき

あなたたちの手にゆだねられる

すべてあなたたちの食糧にするがよい

わたしは これらすべてのものを

青草と同じようにあなたがたに与える

ただし

「肉は命である血を含んだまま食べてはならない」(これは今でもかたく守っている人々がいます)

「あなたたちの命である血が流された場合,わたしは賠償を要求する」

獣からも 人間からも

神が賠償を要求する

「人の血を流す者は 人によって自分の血を流される」

人は神にかたどって造られたからだ

「あなたたちは産めよ 増えよ」

「地に群がり 地に増えよ」

神は,ノアと彼の息子たちに言われた

「わたしは あなたたちと,後につづく子孫と契約をたてる」

「地のすべての獣と契約を立てる」

「わたしがあなたたちと契約をたてたなら 二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく 洪水が起こって 地を滅ぼすことも決してない」

「わたしは雲の中にわたしの虹を置く」

「わたしが地の上に雲を湧き起こらせ 雲の中に虹があらわれると わたしは わたしとあなたたち 並びにすべての生き物 すべて肉なるものの間に立てた契約に心を留める」

「虹は わたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる」

「雲の中に虹があらわれると 神と地上のすべての生き物 すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約を心にとめる」

「これが,わたしと地上のすべて肉なるものとの間に立てた契約のしるしである」

ー黙想ー

いよいよノアらは,箱舟から大地で暮らす事となる。

その前に 神は祝福をお与えになった

そして 人との契約を交わす

「水が洪水となって,肉なるものを全て滅ぼすことは決してない」

神は 人の血を好まれない

人が大地に血を流すことをよしとしない

賠償とは それを防ぐためのものだ

神は 人間や生き物が大地に増え 活き活き生きることを望む

血を流すことをよしとしない

雲の中に虹が現れた時

神は人との契約を思い出す

我が子が幼かった頃 止まないいじめに病み 転校を余儀なくされた。

そして 耳鼻科・眼科・小児科・児童精神科・学校が近くにある物件を探した。

転校先の面談の帰り 駅に降り立ち 足早に家に向かう途中 足が止まった。窓をふりかえってみた。何故かはわからない。

広がる海の中から 虹が空に一直線にのびていた。

普通なら 何か嬉しい 明るい気持ちになっただろう。その時のわたしは,暗い気持ちのままだった。例え神の励ましだろうと 慰めにはならなかった。

何度も何度も新幹線代をかけて現地に呼ばれる。不動産との契約にしろ検査・通院にしろ,いじめを受け 心に傷を受け 登校の機会を奪われた側が 通院費用も引っ越しも 何もかも大金を搾取される。

貯金を搾りとり すっからかんにし,塾も習い事もさせない 家に閉じ込め さらに弁護士を雇えない 将来を閉ざしてしまいたいのかもしれないね。

彼らにとっては大切な 性悪で残酷ないじめっ子らの未来のために。

そして 不登校ビジネス。子なしが 蛇のような抜け目のない連中に教育任せっぱなし放置してるからこうなる。今はもっと酷い。自殺 離婚 鬱病の件数も増えた。北海道旭川市では 恐ろしい事件も起きた。

いじめを受け 心身を壊し 登校の機会を奪われた家庭が さらに苦しめられ 内申書のために毎月何万円もかけて 学校出席しましたパスポートを手に入れないといけない。進学にしろ 専門学校に行くにしろ。

馬鹿馬鹿しい 幼稚なカルトの国。教育なんて とっくに放棄した国。

昔 日本人の発達障害、精神遅滞の数値をテスト検査したら ほとんどの児童生徒がそれに満たなかった。そのために 数値の基準をさらに低くしたそうだ。

5体満足で元気はつらつでも,その数値に満たない子たちには 手をかけてあげなきゃならないのに 現場は手が回らない。

まぁいい,話を戻そう。

そして数年,転校した先の町で,伯母が老衰で亡くなった知らせが入った。我が子をとても可愛がってくれた人、いや わたしのことも 誰のことも。

伯母は若い頃 入院中の薬の投与で 耳が聞こえなくなった。看護師に,ちょっと強い薬なので何かあったら呼ぶように言われていた。少しして 片方の耳が張り裂けるような痛みに襲われて 呼んだ時はもうすでに聴力はなくなっていた。

結婚後のことだけど,不便だったろう。年取れば誰でも多少耳は不自由になるものだけれど、若いうちは人と関わることも多いから それは大変だったろうね。

知らせを聞いて,我が子とタクシーで駅に向かう途中,「ママ!みて 虹‼︎」

その声にタクシーの窓から空を見ると 大きな虹が広がっていた。

天国にいったんだな と 思った。

何故か,

怒りに満ちている時 悲しい時に限って虹をみた

雨上がりでもない日に

霊操 9日目

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

創世記 8章

神は地の上に風を吹かせた

深淵の源と天の窓が閉じられた

雨はやみ 地上から水がひいた

105日後 水は減った

第七の月17日 箱舟はアララト山の上に止まる。水はさらに減る

第十の月1日 山々の頂が現れる

40日後 ノアは烏を放す

烏は窓を出たり入ったりした

鳩を放す 

鳩は止まるところが見つからず 箱舟に戻ってきた

水がまだ全治を覆っていた

7日後 再び鳩を放つ

夕方、くちばしにオリーブの葉を加えていた🫒🍃

水が地上から引いたことを知る

7日後、鳩を放した。そのまま 戻ってこなかった。

ノア601年

最初の月1日 地上の水は乾いた。

第ニの月27日 地はすっかり乾いた

神はノアに仰せになった

「・・・地に群がり、地上で子を産み、増えるようにしなさい」

ノアは主のための祭壇を築き 献げものを捧げた

主は宥めの香りをかぎ言われた

「人に対して大地を呪うことは二度とすまい」

「人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ」

「わたしはこの度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい」

「地の続く限り」

「種まきも刈り入れも 暑さの時も 夏も 冬も 昼も 夜も やむことはない」

ー黙想ー

つまり 主はこのようなことは二度としないと遠いとっくの昔

すでに宣言されていた

一度宣言された御ことばは 二度と翻ることはない

この世の不幸を神のせいにすることはできない という事

霊操 8日目

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

創世記6章 洪水

主は 地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのをご覧になって、地上に人をつくったことを後悔した

そんな中でも、ノアには好意を持った

アダム130の時、彼は自分に似た 自分に型どった男子をもうけ セトと名付けた。ノアはその子孫にあたる。

777年生きたレメクの子が ノアである。このレメクの父親は、メトシェラ。カインの子孫であり 自分にアダムより10倍の値をつけたレメクの父親の名はメトシャエル。

メトシェラとメトシャエルが同一人物で、レメクもまた同一人物なのかは 聖書研究家や神学の専門家に聞かないとわからない。

もし 同一人物であるなら、ノアの父親の世代に地上に悪と不正がはびこり 増殖し 罪が10倍にも満ちた という事かな。

しかし子のノアは 好ましい子であった。

わからないね、ノアが生まれた経緯と父親 先祖に関しては 神学に触れる事だわ。

まるで本家と分家みたいなもので。先祖 親戚 村内 部落内 国内 同じ名前なんてたくさんいたし。

創世記6章-9 これはノアの「物語」である。聖書で わざわざ「物語」と記してある事を忘れないでください。

この美しい物語は、カルトなどに利用されやすい。

神は善を好み、不正や悪を忌み嫌う、地上に悪が満ちると神は黙っていない という啓発になるならまだいいのだけれど、恐怖で人を集め、金を集め人々を支配してはいけない。さらに、科学技術や兵器などを利用してもいけない。どこのどんな国でも組織でも団体でも。

神も信仰も そうした人工的なものを全く必要としないからだ。

例えば 信者が減るのも 増えるのも すべて神の御心 御計画の中にある。

ある時 ある時代は ある理由から 信者が減少し維持していくのが大変困難になる。

けれど 善・良心 神の光が消滅することは決してない。

もともと 小さな群れだったのだし。

もともと 今にも消えそうなかすかな しかし強烈な光だった。

そこに戻るだけなのだ。

ある時は栄える。それはそれでいい。

さて、

ノアには三人の息子が生まれた。

当時地上は 堕落し 不法に満ちていた。

ある日、神はノアに言われた。

「すべて肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている 彼らのゆえに不法が地に満ちている 見よ、わたしは地もろとも彼らを滅ぼす」

「見よ わたしは地上に洪水をもたらし 命の霊をもつすべての肉なるものを天の下から滅ぼす 地上のものはすべて息絶える」

読者は、これは「物語」と記されている事を忘れない事。特に 自然災害の多い地形にある日本人は ここを利用したカルトに騙されやすい。そして実際 現代の科学の力は 自然災害のようなものをもたらす兵器をつくれる。頭のおかしい教祖のカルト 政府が富を得たらどうなるか。これはキリスト教と限らない。 

だから 兵器庫を見せなさい という。隠すな という。

自分自身が神となり 人々を奴隷にし 自分自身を肥やす

それはいけませんよ という事

悪事に 殺人に 自分自身を肥やすために 神の霊である聖書を利用してはいけない という事

さて 物語に戻ろう

主である神は ノアと契約をたてた。そしてノアとその家族が生き延びるように さまざまな指示を出した。

ノアは すべて神が命じられたとおりに果たした。

霊操は、自身の罪の糾明が必要なのだけれど それはじっくり行いましょう。そして 秘蹟にあずかる。

2021年現在、なかなかね 殺人コロナウィルスのせいで、ミサさえままなりませんけどね。

コロナは 人々が神に近づくこと 改心回心することを妨害する。

すなわちこれすべて悪の働き。

カインとアベルについて、昨日まで黙想したと思いますが、単純率直に言えば、神は小さいものを優先する という事。これは地上にあるものたちとは真逆になるのだけれど、兄のカインよりアベルに目をかけたのは それ。

だからといって カインを愛していなかったのか。

いやいや わざわざ印までつけ 安心させ 励まし 妻や子孫まで与えたのを見たら わかるね

いつかご自分のもとに帰って来るのを待ってるんだよ 平和な園に住むのにふさわしい霊魂となるのを

それまでは 地上でさすらう者のまま

霊操 創世記

父と子と聖霊の御名によって アーメン

4章 カインとアベル

カインは主の前を去り、エデンの東のノド(さすらい)の地に住んだ。

カインは妻を知り、エノクをもうけた。アダムが自分に似せ、自分にかたどった男子の子孫であるイエレドの息子エノクとは別人。

あの系譜が 栄えた時代の町名とか国名とか年号でないのだとしたら。

カインは町を建て 息子にちなんで「エノク」と名付けた。

【エノク】息子【イラド】息子【メフャエル】息子【メトシャエル】息子【レメク】

レメクの一人目の妻アダ

息子【ヤバル】家畜を飼い天幕に住む者の先祖となる

ヤバルの弟【ユバル】竪琴・笛を奏でる者全ての先祖となる

レメクの二人目の妻ツィラ

息子【トバル・カイン】青銅や鉄で さまざまな道具をつくる者

娘(トバル・カインの妹)ナアマ

弟の血を流し 主から離れたカインの子孫であるこのレメクは、妻らに言った

「わたしは傷の報いに男を殺し 打傷の報いに若者を殺す」

「(先祖である)カインのための復讐が7倍なら レメク(自分)のためには77倍」

どうだろう この傲慢さ。

この 「カインのための復讐」というのは、弟を殺して尚、主の土地から追放されたら自分は殺されてしまうと 我が身を案じる情けないカインを励ますために、「いや それゆえカインを殺す者は誰であれ7倍の復讐を受けるであろう」と 主が印をつけた時の言葉。

それを子孫であるこのレメクは、さらに自分自身に10倍の値ををつけたのだ。

さて、

昨日黙想した 兄カインについて。

自分の捧げものには目もくれず、まっ先に弟の捧げものを見て喜ばれた主に対するカインの態度。

もし彼が、「主よ!弟の捧げものにだけ喜んでないで、わたしの捧げものも見てよ!」

と、顔を真っ直ぐ向けて、天真爛漫に言える人間だったならどうなっていたかな?それほど親しく思って 親しく交れたなら。

何一つ不正をしていなかったら できたのかな?

もし あなたがカインの立場なら、どういう態度をとったと思う?

わたし?

そうだな・・・

その時になってみないとわからない

話は変わるのだけれど、最近 陰謀論って言葉をよく見かけない?

例えば読書の傾向として、

陰謀論を言う人は、作者が書いた文章から意図する何かがないか 隠されたものはないかさがそうとする。

古くからの正しい宗教家は、作者が全く意図せず書いた文章に 神からのメッセージはないかを探す。そしてそれを軽々しく独断で決めつけるようなことはしない。

言葉や行いの正しい、よく祈る評判の良い人、そのような賜物を授かった数人 もしくは秘蹟を受けた人々によって 識別をする。

それは本当に神からのメッセージなのか?

必ず 祈りではじめ 祈りで終わる 識別をする

悪魔からのメッセージかもしれないのだから。

そうしてそれは 時代がどんなに移り変わろうとも 脈々と受け継がれてきた、はず。

陰謀論と真実の違い

霊操 創世記

主はカインに言われた

「お前の弟アベルは、どこにいるのか」

カインは答えた

「知りません」

「わたしは弟の番人でしょうか」

主は言われた

「なんということをしたのか お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる」

「今 お前は呪われる者となった」

蛇と同じ者

「お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお お前は呪われる」

「土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない」

「お前は地上をさまよい、さすらう者となる」

神に対し顔を伏せたカインは、戸口で待ち伏せした罪に捕らえられてしまった。

神と弟アベルの前で顔を伏せたままだった兄カインの気持ち ちょっと 目をつぶってしばらく想像してみて。

カインがそれまでどんなお兄さんだったか 聖書には記されていない。

弟アベルに対し意地悪だったのか 暴力を奮っていたのか 悪戯して困らせていたのか アダムやエバ 大人の前でだけ優しく振る舞っていたのか、

それとも 実はいつも優しい兄だったのだろうか。

神さまはみんな知ってるね

たぶんカインに問う前から、カインが弟アベルを襲って殺したことも

さて たいていのお兄ちゃんはどうかな

今度は 世のお兄ちゃんお姉ちゃんの事を思い浮かべてみる

・生まれてすぐ弟が生まれた 特に母親は赤ん坊の弟にかかりっきりだ ほんの少し前は 両親の笑顔も喜びも瞳もその全てが自分にだけに向けられていたのに 

そしてそれさえない子もいる

親が世のわずらいごとに心も身体もいっぱいなら

以前一人だった時は 呼べばすぐ駆けつけ すぐたすけ すぐ慰め すぐほめてくれた父親も母親もいない

いや はじめから 呼んでも来てもらえず 泣いても何もしてもらえない子らもある

・少し大きくなると 毎日弟の世話を手伝い 教えるように言いつけられ どこにでも一緒 

中には、どうにか工面して 二人だけの時間をつくって いっぱい遊んだり甘えたり笑ったり そんな時がもらえる子らもいる

・もう少し成長すると 弟の方が優れていることが増えたりもする

もともとは一人っ子のように過ごした兄、産まれたはじめから兄が存在している弟

同じ家族 同じ子どもでも 違う

兄カインは、感情を支配することができず 弟アベルを襲って殺してしまった。

たかが供物ごときで

エデンの園の外で無事に生きていくということは 神の愛を信じること、罪を退けることが どうしても必要だったのだけれど、この兄にには通じなかった。

確かにね、来る日も来る日も黙々と土を耕して 雨の日も 風の日も 日照りの時も 大事に育て実りを獲るのは 本当に大変な事だ。話す相手もなく 黙々と。

そうしてやーっと収穫した実りには目を留めず 弟の最上の羊の初子に先に目を留められた。

それは何故なんだろう・・・

日頃の行いが悪かったのか

土を耕し 種を蒔き 農作物を育てる時の心がよくなかったのか

日頃の言葉や行いがよくなかったのか

弟のアベルのように、最上のものではなく 2番目3番目くらいのものを捧げ物にしたのかな?

そして 弟にもそうするように唆していたかな?

そしたら弟アベルは困っただろうね。

どうかな、わからないね 神さまじゃなきゃ

そしてもし、カインが怒らなかったらどうだろう

自分が受けた仕打ちをものともせず ニコニコ笑い 目を留めてもらえた弟アベルに対しむしろ喜べる兄だったら。

なんなら 弟の育てた立派な羊に驚いて褒めていたら。

それができなかったのがカインだった

まだまだ 長旅になりそうだね

カインの、命にいたる道のりは厳しそう

さて、アダムとエバの長子であるこのカインには まだまだ手がかかると知った神は カインにしるしをつけた

何故なら、ここまできて尚この兄は、自分の命の事を心配しているのだ

励まし 勇気づける必要があったのね

ヤレヤレ

このようにして、カインの子孫に繋がっていく

カインの子孫、それはまた明日

さて、

アダムの系図➖没930年

【アダム】130年目、アダムは自分に似せて 自分にかたどった息子セトをもうける。その後 息子や娘をもうける。セト誕生から800年後没 930年

【セト】105年、エノシュ誕生 その後息子娘をもうける エノシュ誕生から807年後没 912年

【エノシュ】90年目、ケナン誕生 その後息子娘をもうける ケナン誕生後815年後没 905年

【ケナン】70年目 マハラルエル誕生 その後娘息子をもうける マハラルエル誕生後840年後没 910年

【マハラエル】65年目、イエレド誕生 息子や娘をもうける イエレド誕生後830年後没 895年

【イエレド】162年目、エノク誕生 その後娘や息子をもうける エノク誕生800年後没

【エノク】65年目、メトシェラ誕生 その後息子娘をもうける エノク365年没

【エノクは神とともに歩んだので 神にとられ天に召す】

【メトシェラ】187年目、レメク誕生 その後息子娘をもうける レメク誕生後782年後没 969年

【レメク】182年目、ノア誕生

ノア(慰め)の名前の由来「主の呪いを受けた大地で働く我々の手の苦労を この子は慰めてくれるであろう」

ノア誕生後595年後没 777年

ノア500年目、セム ハム ヤファト誕生

見事に男系男子

霊操5日目の黙想でした

霊操 創世記

4日目 4章 カインとアベル

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

ー黙想ー

アダムは妻エバを知った

彼女は身ごもってカインを産んだ

「わたしは主によって男児を得た」

彼女はまたその弟アベルを産んだ

兄のカインは土を耕す者となり、弟のアベルは羊を飼う者となった。

時を経て

カインは土の実りを主のもとにお捧げした。アベルは羊の群れの中から肥えた初子をお捧げした。

主は、アベルとその捧げものに目をとめたが カインとその捧げものには目を留められなかった。

カインは激しく怒って

顔を伏せた

主はカインに言われた

「どうして怒るのか」

「どうして顔を伏せるのか」

「もし お前が正しいのなら 顔をあげられるはずではないか」

「(お前が)正しくないなら 罪は戸口で待ち伏せており(罪が)お前を求める」

「お前はそれ(罪)を支配せねばならない」

この意味を カインは理解しただろうか?理解していたなら この後の悲劇は起きなかった。

そして誰も悲しむ事もなく カインは兄らしくふるまう事を覚えた。

褒めて欲しいのに見てもらえない 一生懸命働いた成果を喜んでもらえない 無視される

悔しさを知り 悲しみを知り 理不尽を知る

しかし 神の愛を信じていたらどうだろう・・・気にもとめず 顔をあげていられた はず と 神はおっしゃりたいのかな?

悲しい 悔しい 「神はわたしを愛していない」こみ上げる怒り

弟ばかり・・・

顔を伏せるのは 何故だろう

その怒りに満ちた表情を神に見られたくないためなのかな?恥ずかしいからかな?神を憎んだからかな?

これら罪のもととなる感情を 「あなたは支配しなくてはいけない」と 神はおっしゃった。

両親のアダムとエバと同じく カインは 主なる神の顔を避けた

神は弟アベルよりも先に カインに教育を施したのかもしれないね

傲慢をくじきながら

神の愛を信じられない 激しい怒り 憎しみ 悲しみ 嫉妬 神のためにした事が受け入れてもらえない 喜んでもらえない それらの感情をあなたは支配しなくてはいけない事を

罪は戸口で待ち伏せている

あなたがそれらの感情に支配され 制御不能に陥ってしまわぬように と。

さて カインは理解できただろうか

霊操 創世記

第三章 蛇の誘惑

主なる神が造られた野の生き物の中で、最も賢いのは蛇であった

賢い・・・利口 賢明 抜け目がない

蛇は女に言った

「決して死ぬことはない それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存知なのだ」

神が食べてはいけない 触れてもいけない つまり近づくことを禁じていた木は

より美味しそうに女の目を惹きつけた。そして、賢くなるように唆していた。

女は蛇の誘惑を断固として退けることもできた。しかし彼女は、その果実をとって食べ、男にも渡した。

たちまち二人の目は開け、自分たちが裸であることを知った。

その日 風の吹くころ、

主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。

アダムと女は、神の顔を避けた

アダムと女は、園の木の間に隠れた

愛する子に そのようにされた時 どんな気持ちになるか

主なる神はアダムを呼ばれた

「どこにいるのか」

アダムは言った

「恐ろしくなり 隠れております」

「わたしは裸ですから」

神は言われた

「お前が裸であることを誰が告げたのか」

「取って食べるなと命じていた木から食べたのか」

アダムは言った

「あなたが」

「わたしとともにいるようにしてくださった女が 木からとって与えたので食べました」

主なる神は女に向かって言った

「何ということをしたのか」

女は答えた

「蛇がだましたので 食べてしまいました」

アダムは自分の罪を 女を連れてきた神のせいにし、そして神を裏切った事をその女のせいにした

女は 自分の罪を蛇のせいにし 自分はだまされた被害者だと言った

主なる神は、蛇に向かって言った

「お前は呪われるものとなった」

饒舌だった蛇はとても賢いので 神の前には沈黙 黙秘した

神は女に向かっていわれた

「お前ははらみの苦しみを大きなものにする お前は苦しんで子を産む お前は男を求め 彼はお前を支配する」

神はアダムに向かって言われた

「お前は(神であるわたしとの約束よりも)女の声に従い とって食べるなと命じた木から食べた」

「お前は生涯食べ物を得ようと苦しむ」

「お前は顔に汗を流してパンを得る 土にかえるときまで。お前がそこからとられた土に(神は土の塵でアダムをつくった)かえるときまで」

「塵にすぎないお前は 塵に返る」

お前は 土と塵でできている 塵にすぎないものだと覚えさせ 念をおす。人が善悪を知り 知恵をつけても 神の前で謙虚であるように。

アダムは女をエバ(命)と名付けた。

彼女が、地上にある命あるものの母となったからである。

主なる神は、アダムと女に 皮の衣を作って着せられた。

主なる神は 今のアダムとエバが 命の木からその実を食べ 園で永遠に生きることをよしとしなかった。

主なる神は、彼をエデンの園から追い出し そこからとられた土を耕させる事にした。

命の木に至る道を守るために、エデンの東にケルビムの見張り、そしてきらめく剣の炎を置かれた。

天国の門であり扉

園に戻れる霊魂は、ケルビムに炎の剣のかんぬきを開けてもらわねば決して入ることはできない

【黙想】

神は 愛する子を園から追い出すとき、土と着る物をお与えになった

園の外で人が生きるために、そのふたつがなくてはならない事、そのふたつがあれば生きていけることを告げている

耕す土 裸を覆う服

さてさて、

黙想は 100人いれば100人違う。そして同じ箇所でも、別の日に朗読 黙想すれば また違う想念や映像が浮かぶ。

聖書は聖霊によって記された書物なので、読むだけでも祈りとなる。神との深い交わりとなる。

もう ボロボロだけれど わたしを離してはくれない。そしてどんな書物よりも楽しい 悲しい 嬉しい。

はち切れそうな怒りの時も鎮めてくれる。

最近は ずーっと 触れてもいなかったんだけどね。

神は「われわれ」とおっしゃるのを不思議思い 昔聞いたことがある。

これは、ギリシャ神話に出てくるたくさんの神々の事なのか 神さまの妻に言っていることなのか。

神父さまは確か「わからない」と答えたと思う。聖書に書かれていないから それは わからない と。そして、善悪の木の実についても どこにも林檎と記されてはいない。

確かにそうだ。

しかし黙想は自由。浮かんできた言葉 映像 思い 全てが自由。

これを勘違いする人たちもいる。識別してもらうことなく 自分の黙想が正しい 預言だなんだと。

教会は それを避けるために 分かち合いという事をする。

それは祈りで始まり 聖書を朗読し 自由に浮かんだ思いを言葉にして分かち合う。脱線しそうな時は 聖職者が戻す。明らかな間違いをそこで気づく事もある。楽しい。

楽しかった。

➖昔の事➖

そういえば、わたしは出産の時 全く苦しまなかった。

何故なら つわりがまったくなかったのと、緊急手術で身体を横たえているだけでよかったから。

主治医・麻酔科・小児科・助産師・看護師の方々は大変よね 感謝してもしきれない。

出産の現場は いつ何が起きるかわからないうえに 24時間体制。産科が減るのもわかるわ。もっと敬意を持つのがいいね。彼らがいないと 人は地上で安全に生まれ 生きる事ができないのだから。

出産が楽だった分 術後の痛みは普通じゃなかった。にも増して、喜びで痛みさえ忘れどうでもよかった。

赤ちゃんって どうしてどの子もこんなに美しいのだろう。赤ちゃん肌とはこういうものか・・・つきたてのお餅のような 絹のような感触とは まさにこれの事か!と納得したものだ。

そして、私の主治医は決して優しい方ではなかったので 退院したら洗濯掃除 なんでもどんどんやった方がいい。病気じゃないから その方が早く快復すると 。

私にこっそり言ってくれたらいいものを 主人の前で主人にも話すものだから 家に帰ってから早速 家事をスタコラしたっけ。痛みこらえてやったなぁ。

後で聞くと 手術で産んだ人たちはたいてい ゆーっくり休んでいたと。

なんだか損した気分だ