神の約束

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

これらの事の後で 主の言葉が幻の中でアブラムに臨んだ。

「恐れるな」

「わたしはあなたの盾である」

「あなたの受ける報いは非常に大きいであろう」

アブラムは尋ねた

「我が神 主よ、わたしに何をくださるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです」

アブラムは言葉をついだ

「御覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えてくださいませんでしたから、家のしもべが跡を継ぐことになっています」

見よ、主の言葉があった

「その者が跡を継ぐのではなく あなたから生まれる者が跡を継ぐ」

 主は彼を外に連れ出して言われた。

「天を仰いで星を数えることができるなら、数えてみるがいい」

そして言われた

「あなたの子孫はこのようになる」

アブラムは主を信じた

主はそれを彼の義と認められた

主は言われた

「わたしはあなたをカルディアのウルから導き出した主である。わたしはあなたにこの土地を与え、それを継がせる」

アブラムは尋ねた

「我が神 主よ。この土地をわたしが継ぐ事を、何によって知ることができましょうか」

日が沈みかけたころ アブラムは深い眠りに襲われた。すると恐ろしい大いなる暗黒が彼に臨んだ。

主はアブラムに言われた。

「よく覚えておくがよい。あなたの子孫は異邦の国で寄留者となり、四百年の間奴隷として仕え 苦しめられるであろう」

「しかしわたしは、彼らが奴隷として仕えるその国民を裁く。」

「その後、彼らは多くの財産を携えて脱出するであろう」

「あなた自身は、長寿を全うして葬られ、安らかに先祖のもとに行く」

「ここに戻って来るのは、四代目の者たちである。それまでは、アモリ人の罪が極みに達しないからである」

 その日、主はアブラムと契約を結んで言われた

「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川からユーフラテスに至るまで、カイン人、ケナズ人、カドモニ人、ヘト人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の土地を与える」

ー黙想ー

「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで」

「アブラムは信じた」

「神はそれを彼の義とされた」

ちょ 神さま 大きすぎません?アブラムにこんなに広大な土地の約束。きっと将来 奪い合いが起きると思うの。

あなたの約束がなくとも、いや、なければ余計、学も理性もない 脳が未成熟未発達で理性のない動物みたいな人間たちだもの、開眼なく見境なく奪い合うに決まってる。ここに限らず、地上ではどこもかしこも。見栄っぷりだけは一丁前。きっとあらゆる口実をつけて しまいにはあなたのせいにして。

ヤダヤダ。

それはさておき、みごとに、ノアが呪ったハムとその息子カナンの子孫の者たちが入っていますね。彼らの土地を セムの子孫アブラムのものにすると あなたは約束なさった。

「カナンは呪われよ」

「奴隷の奴隷となり 兄たちに仕えよ」

「セムの神、主をたたえよ。カナンはセムの奴隷となれ。」

「神がヤフェトの土地を広げ セムの天幕に住まわせ カナンはその奴隷となれ」

ハムは、父のノアがぶどう酒を飲んで酔い 裸になっていたのを見て 外にいた二人の兄弟に告げた。

それだけで これほど呪われる事はないだろう。実の息子 さらにその孫までも、これほど激しく呪うとは よほどの事。

ここには記されてはいないけれど。

神さま、何があったの?こっそり教えてちょ

こうして主は、この時のノアの願いを聞きとどけ、セムの子孫であるアブラムに約束を告げた。

「恐るな わたしはあなたの盾である」

恵みあふれる聖マリア

主はあなたとともにおられます

主はあなたを選び祝福し

あなたの子イエズスも祝福されました

神の母聖マリア

罪深い私たちのために

今も死を迎える時も祈りたまえ

アーメン

メルキゼデクの祝福

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

アブラムがケドルラオメルとその味方の王たちを撃ち破って帰ってきたとき ソドムの王はシャベの谷,すなわち王の谷まで彼を出迎えた。

いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも,パンとぶどう酒を持って来た。彼はアブラムを祝福して言った。

「天地の造り主、いと高き神に アブラムは祝福されますように」

「敵をあなたの手に渡された いと高き神がたたえられますように」

アブラムは全てのものの十分の一を彼に贈った。

ソドムの王はアブラムに,

「人はわたしにお返しください。しかし,財産はお取りください」

と言ったが,アブラムはソドムの王に言った。

「わたしは 天地の造り主,いと高き神,主に手をあげて誓います。あなたの物は,たとえ糸一筋,靴紐一本でも,決していただきません」

「『アブラムを裕福にしたのは,このわたしだ』と,あなたに言われたくありません」

「わたしは何もいりません。ただ,若い者たちが食べたものと,わたしが共に戦った人々,すなわち,アネルとエシュコルとマレムの分は別です。彼らには分け前を取らせてください」

ー黙想ー

十二年間,エラムの王ケドルラオメルに支配されていたソドム王ベラ,ゴモラ王ビルシャ,アドマ王シンアブ,ツェボイム王シェムエベル,ツォアル王のベラの五人の王は,シディム(塩の谷)で同盟を結び,十三年めに背いた。

十四年目に,支配者ケドルラオメルとその味方の王たちは,背いた王たちの数より少ない数で 領土・財・人・食糧 全て奪い去った。

この時,ノアの息子セムの子孫であり,テラの息子でありアブラムの兄弟であるハランの息子ロトも 彼らに連れ去られた。

ハランは早世しているので,アブラムが彼の息子ロトの面倒を見ていた。アブラムにとっては 甥にあたる。

エジプト滞在をへて 互いの奴隷たちの間で諍いが始まったため 二人は別れて生きることを決めた。

ロトが選んだ地は,邪悪で主に対し多くの罪を犯していたため 主が滅ぼそうと計画していたソドムであった。

アブラムは,アモリ人マムレの樫の木のかたわらに住み,エシュコル、アネル、マムレの三兄弟と同盟を結んでいた。

そして 親族と甥のロトらが捕虜になったと聞いて、彼の家で生まれ育ち 訓練を受けた奴隷を召集,318人で、全ての財産 甥のロト 女たち その他の者たちも取り返した。

アブラムは 支配者ケドルラオメルとその仲間の王たちを撃ち破って帰って来た時の場面が 今日の「メルキゼデクの祝福」

落ちた穴から救け出されたベラなのか,新しい王なのか ソドム王は王の谷までアブラムを出迎えた。

いと高き神の当時の祭司 サレム王メルキゼデクも,パンとぶどう酒を持って来た。

そしてアブラムはこの祭司の祝福を受け すべてのものの1/10を祭司メルキゼデクに贈った。

アブラムは「王の谷で祭司の祝福を受けた」

アブラムは 彼の家で生まれ育った,たった318人の奴隷で 支配者とその仲間たち 4人の王を撃ち破り 全てを取り返したのだ。

ソドム王は「人はわたしにお返しください」「財産はお取りください」とアブラムに言った。

アブラムは言った

「わたしは 天地の造り主、いと高き神、主に手をあげて誓います」

「あなたのものは、たとえ糸一筋、靴紐一本でも 決していただきません」

アブラムはこのように どんなときも神を忘れない。昔日本の子どもたちも「神さまに誓って」ってよく言ってたよね 最近はあまり聞かないけど こうしたところからきていたのね。

皆さん アブラムのような高潔な人が近隣の王だと安心して暮らせるね。

何かある度,「あれもよこせ これもよこせ」もっとよこせ なんて性悪で貧乏くさい国々なら本当に困るよね、関わってはいけない国々。

「アブラムを裕福にしたのは このわたしだ」と言われたくないという。

何を言われても お金さえ貰えるものなら そんなの平気な国もあるよね。

アブラムは それが嫌だった。何故なら 彼を裕福にしたのも するのも 全て神なのだから。

そしてアブラムはそれをよく知っている

「わたしには何も要りません」

「ただし アネル エシュコル マムレには 分け前を取らせてください」

分別をわきまえる とは まさにこの事。

ヤコブとヨハネの願い

マルコ福音書10-35〜

年間29主日B年

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て,イエスに言った。

「先生,お願いすることを叶えていただきたいのですが」

イエスが,

「何をして欲しいのか」と言われると,

二人は言った。

「栄光をお受けになる時 私どもの一人をあなたの右に,もう一人を左に座らせてください」

イエスは言われた

「あなた方は自分が何を願っているか,分かっていない。この私の杯をのみ,この私が受ける洗礼を受けることができるか」

彼らが

「できます」

と言うと,イエスは言われた

「確かに,あなた方は私が飲む杯を飲み,わたしが受ける洗礼を受ける事になる。

しかし,私の右や左に誰が座るかは,わたしの決める事ではない。

それは,定められた人々にゆるされるのだ」

他の十人の者たちはこれを聞いて,ヤコブとヨハネの事で腹を立てはじめた。

そこでイエスは一同を呼び寄せて言われた

「あなた方も知っている通り 異邦人の間では,支配者とみなされている人々が民を支配し,偉い人達が権力を奮っている」

「しかし,あなた方の間では そうではない」

「あなた方の中で 偉くなりたいものは皆に仕える者になり,一番上になりたい者は 全ての人のしもべになりなさい」

「人の子は 仕えられるためではなく仕えるために,また,多くの人の身代金として自分の命を献げるためにきたのである」

ー黙想ー

マタイ20章を見ると,「ヤコブとヨハネの母の願い」となっている。そしてゼベダイの息子たち,と記されているので,父親の名はゼベダイ,ヤコブとヨハネは実の兄弟だとわかる。そしてどうやら,この二人の母親も,イエスさまの旅に同行していたようだ。

カファルナウムで神殿税をおさめ,「天の国で一番偉いもの」「罪への誘惑」「迷い出た羊の例え」「兄弟の忠告」「仲間を赦さない家来の例え」の教えのあと,

イエスはガリラヤを去りヨルダン川の向こう側 ユダヤ地方に行かれ 大勢の群衆がついてきた。そしてイエスは 人々の病気を癒やされた。

イエスは群衆の先頭に立ち
ヨルダン川の向こう側 エルサレムへ向かった

そこでは,ファリサイ派(2021年現在 この流れをくむカバラ教団がハリウッドやセレブ界で栄華を極めている。カトリックを棄教したマドンナもあちら側へ渡り 資金面・宣教面 勧誘面で大活躍中。彼女は昔から,日本のカトリック総本山に アメリカ人の使用済み電気のクソゴミをかつて投下した民主党支持者。彼女の日本でのスポンサーは昔はMITSUBISHI 今は知らん),の人々がイエスを試す。

そこでイエスは,離縁について解き,天地の創造主である神のことを人々に思い起こさせ,頑なで我儘な人間たち,集団に,当時の指導者モーセが仕方なく,離縁を認めた事を話し,婚姻 姦通の罪 人々の生き方について語った。

子どもを祝福し,そこをたち 旅に出るとき,金持ちの青年が慌ててやってきた。そして イエスのこたえを聞き,悲しみながら去っていった。

「永遠の命」について イエスは弟子たちに教え,さらに「ぶどう園の🍇労働者」の例え話をして聞かせた。

そうして,彼らはエルサレムへ向かったのだ。

イエスは,十二人の弟子だけを呼び寄せ,自分がエルサレムでどんな目に遭うか,

祭司長たち,律法学者たちに引き渡される事。

彼らによって死刑を宣告される事。

異邦人(ローマ人)に引き渡される事。

侮辱され,鞭打たれ,十字架につけられること。

そして,三日目に復活することを弟子たちに予告した。

そうした,この小さな群れにこれから後待ち受ける厳しい受難の話をしているときに,この ヤコブとヨハネはわざわざ進み出て,一人を右に 一人を左に座らせて欲しいと願う。

いわゆる 確約が欲しいのだ。

ここでイエスは「あなたがたは その時私を裏切る事になる」とは言わなかった。裏切る と言う単語を使ったのは 会計係のユダに対してだけだと一般に思われている。実際は、そこにいる男全員が イエスを裏切り 逃げる。

お前も仲間だろ?一緒にいたよね?と問われても,「知らない」と否認するのだけれど。

イエスは事の起こる前から,すでにこれら全てを知っておられたのだけれど,ヤコブとヨハネ そして弟子たちに 限りなく優しい。この弟子たちの弱さを よくご存知なのだ。そして そうなっても仕方のないほどの残酷な受難が ご自分に待ち受けている事も。

このゼベダイの息子たちが願ったのは つまり,

右大臣とか左大臣とか 助さん角さんを想像してみて。ヤコブとヨハネは、そんなふうな図を想像していたのね。

確かにね,日本には あなたが政権についたなら 私を何何の大臣に 倅をナニナニの大臣に あれをこれをなになにに,があるでしょう。

ろくな知識や,その分野での経験もスキルもなくとも。

また,誰それの娘を誰それの嫁にぜひ など。

その時,

「あなた方は自分が何を願っているか分かっていない」

と 言えるのは,現実に試練を受けた者たちだけだろう。彼らは すでに報いを受け 称賛されては侮辱され 苦い杯をのみ 十字架に磔にされ 自由を奪われ 裸にさせられたのだ。そして,集団や人々の軽薄さも裏切りも味わい 野心や欲望の虚しさを知っている。

彼らは イエスの気持ちがよくわかるだろう。

そして 人々の残酷さも。

もちろん,抜けがけしたヤコブとヨハネに 他の弟子たちは怒るよね(笑)

そんな弟子たちにイエスが教えたのは

「支配者とみなされる者が人々を支配し 偉い人たちが権力を奮っているが あなた方の間ではそうではない」

「みなに仕える者になり 全ての人のしもべになりなさい」

「人の子は 仕えられるためではなく仕えるために また 多くの人の身代金として自分の命を献げるために(地上に)きた」と。

偉大な大祭司イエス

年間29主日B年

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

ヘブライ人への手紙 4章14〜16

 さて,わたしたちには,もろもろの天を通過された偉大な大祭司,神の子イエスが与えられているのですから,わたしたちも公に言い表している信仰をしっかり保とうではありませんか。

この偉大な大祭司は,わたしたちの弱さに同情できない方ではなく 罪を犯されなかったが,あらゆる点において わたしたちと同様に試練に遭わされたのです。

だから憐れみを受け 恵みにあずかって,時宜にかなった助けをいただくために 大胆に恵みの座に近づこうではありませんか

ー黙想ー

恵みの座,つまりごミサに参加することからはじまる救いの歴史。

邪悪なコロナウィルスが,世界中の人々を「監禁」状態にしたため なかなか皆が集う事ができなかったね。ミサ 祈りを邪魔するもの 人の自由を奪うものこれ全て 悪の力。

2019年11月,中国湖北省で謎の集団感染発生,12月31日、原因不明の肺炎の集団発生を発表。1月9日、中国当局は、このウイルス性肺炎の原因が、従来のヒトコロナウイルスとは異なるものであったことをメディアで報告。

2020年,2月3日、感染者が乗っていたクルーズ船が横浜で乗客を下船させられなかった。

相模原市のわりと大きな病院に 中国人の患者がタクシーで乗り付け 医療従事者をはじめ一気に院内感染。病院はしばらく閉鎖を余儀なくされた。

そこからあれよあれよと、大騒ぎ。多くの人々が,移動の自由を失い 笑顔を失った。

世界中の悪が頂点に達したという事だろう。このために亡くなった人も多い。無念の死。

コロナに感染 そのものより,保健所・医療機関の混乱とマンパワー 物資の不備 指揮命令の不在,

何より,議員 公務員とIT,広告企業,YouTuber,投資家以外は,収入を失くして そのために亡くなってしまった人々が多い。窓口で 生活保護申請を断る役所の問題 棄てられるペットたち。

人間の生命が軽んじられるのは いつの時代も嫌なものだ

戦争・テロ・いじめ・残酷 これら皆そうでしょ?残酷というウィルス 自由を奪うウィルス 悪の誘惑 伝染 増殖ウィルス。それらを誘発する薬物の蔓延。

そして今 これらが学校 子どもらに蔓延している事が判明した。大人が 教職員らが 司法が 行政が露わになった。

救い主キリストが地上で活動なさったのは,約2021年前が最初で最後。

その後 我こそは救い主だの預言者だの自称する者たちはあとをたたない。しかし,神から遣わされた独り子はイエスさまのみ。

救いの恵みは あそこで起きた数々の奇跡と残酷と復活 一連の出来事を経て ユダヤ人という民族に凝縮され 地上に到来させた。それを 見なさい という事。そして回心しなさい。いつの時代も繰り返し 思い起こし 回心しなさいと人類は招かれている。

私たちには 聖霊が送られている

主は確かに復活して 速やかに わたしたちのそばにきてくださった。

どんなにウィルスが猛威を奮おうとも。

イザヤ書53

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

年間29主日B年

紀元前8世紀後半 アッシリア帝国最盛期 エルサレムに遣わされた神の使者であり預言者イザヤによる神のことば

バビロニアに移されたユダヤ人へ

イザヤ書53章の10〜

病いに苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ

彼は自らを償いの捧げ物とした

彼は,子孫が末永く続くのをみる

主の望まれることは

彼の手によって成し遂げられる

彼は自らの苦しみの実りを見

それを知って満足する

わたしのしもべは,多くの人が正しい者とされるために 彼らの罪を自ら負った

それゆえ わたしは多くの人を彼の取り分とし

彼は戦利品としておびただしい人を受ける

彼が自らをなげうち死んで

罪人の一人に数えられたからだ

多くの人の過ちを担い

背いた者のために執り成しをしたのは

この人であった

ー黙想ー

この人とは 当時のユダヤ人の民全体をさすのか その中の誰かをさすのか,

ーそれは将来現れたイエスの事ー

と信じるのがキリスト信者。そこから 新たな時代が始まり,神との契約も新しく刷新されたと。今から約2021年前 人類に,新約の時代が訪れた。

神に信頼し希望を持ち続けるよう 紀元前8世紀後半,当時の預言者イザヤは民に伝えている。アッシリア帝国の最盛期でもあった時代。

イスラエルの神,とたびたび言われているけれど,天地の創造主である神は、「これを見よ」と 全人類に語りかけている

あなたにも わたしにも。

罪人 それは多くの人の罪の贖い

「わたしには罪がない」といえる人は 地上に一人もいない という事

だから神のことばを聞き

希望を持ち続けること

嘆き悲しむ者たちの叫びを

神が知らないとでも思わない事

ロトの救出

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

霊操23日目 創世記14章

王たちの戦いの後,

逃げ延びた一人の男がヘブライ人アブラムのもとに来て,その事を知らせた。

アブラムは当時,アモリ人マムレの樫の木のかたわらに住んでいた。

マムレはエシュコルとアネルの兄弟で,彼らはアブラムと同盟を結んでいた。

アブラムは,親族の者が捕虜になったと聞いて 彼の家で生まれた奴隷で,試練を受けた者318人を召集し ダンまで追跡した。

夜 彼としもべたちは分かれて敵を襲い ダマスコの北のホバまで追跡した。

アブラムは全ての財産を取り返し 親族のロトとその財産 女たちやそのほかの人々も取り戻した。

ー黙想ー

ノアの息子のセムの子孫であり テラの息子であるアブラム。亡き兄弟ハランの息子ロト。

テラが250年の天寿を全うした後,アブラムに主の召命があった。アブラムと妻のサライ,甥のロトはそこを出立し,エジプトに滞在した。

そして再びネゲブ地方へ戻ったとき,彼らが所有する者たちが諍いを起こすようになった。

アブラムは別れを決め,ロトに行き先を選択させる。ロトは,ノアが呪った息子ハムと,その息子カナンの諸氏族の領土であるソドムとゴモラを選んだ。そこの住民は邪悪で,主に対して甚だ多くの罪を犯していたため 主が滅ぼそうとしていた領土だった。

そして 王たちの戦いが起きた

ソドム王ベラ,ゴモラ王ビルシャは,逃げる時にアスファルトの穴に落ち,残りの王らは山へ逃げた。

そして,ソドムに住んでいた甥ロトは,支配者の王らの捕虜となった。

財が奪われ 連れ去られ 捕虜になったら,すぐによりすぐりの兵を召集し なんとしても取り戻しに行く。

勝つか負けるか,しのごの言わず それが当たり前の事として救けに行く 財産を取り返しに行くのだ。

それが 旧約の時代。

さて,現実の今の時代,これには,考え・価値観が分かれるところでしょう。

何故なら,あまりにも死の連鎖を繰り返してきたから。そして 繰り返す事になるから。

破壊につぐ破壊 荒廃につぐ荒廃

これは止めるべきだね。

日本はそもそも兵力がないので 紛争地に行かない無責任な人々が,いくら戦え戦えと威勢よく叫んでみたところで じゃあお前が法を破って行けよ そんな覚悟あるのか となるわけです。戦勝国であり同盟国に お金を払ってたすけてもらうのが 当たり前なのです。しかも少子化ですからね ろくな学校教育も受けていませんし。

未だに 弱い者いじめと隠蔽がまかり通る10代を過ごした若者たちを よそさまの領土にやったら恥を晒すだけ。 

仮に行かせるなら,ベテランの,すでに子孫を残した,少しは社会から学び,恥と分別をわきまえる事を学習したはずの 40代50代の隊員たちしか出せない。

➖死の連鎖を止める➖

そのために国際法というものできた。司法で解決するべきと。

それには,世界中のリーダー、トップの価値観を転換しなくてはいけない。

なのだけれども,司法が怠っている 不平等 忖度ばかりしている 待てない 証拠がとれない 迅速に損害を食い止めたい 一刻も早く救けなくては という国々 人々がいる。

そこで新訳はいう

待ちなさい 復讐は神のすること 神にはなんでもできるから と。全ては 神の御計画なのだと。あなた方は聖霊を受け,ただ ひたすら信じて祈り 待ちなさい と。

それを信じるのが キリスト信者。

その教えを受け入れるのが キリスト信者。

そして 世界にはさまざまなキリスト教会 教団 宗派がある。

そしてその価値観も教えも 違う事が多々ある。

さらに 世界には無数の宗教 教団 カルト(共産主義 無神論も含めて)が存在する。そして 奴隷も

実際 キチガイのような人間たちも存在する

何をしても護られる者たちもいれば,ちょっとしたことでも責め立てられる者たちもいる

自由と民主主義の国民は 国民が選択した代表が決定をくだす。

本来,代表を選択する前 選挙の前に,提示するべきよね。

国防について。

さて 今のあなたが信じるものは何ですか?

金持ちの青年

年間26主日B年

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

マルコ福音書10章17〜

イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた

「善い先生 永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」

イエスは言われた

「なぜわたしを『善い』というのか」

「神お一人の他に 善い者は誰もいない」

「『殺すな 姦淫するな 盗むな 偽証するな 奪い取るな 父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ」

すると彼は、「先生、そういうことはみな 小さい頃から守ってきました」と言った。

イエスは彼を見つめ “慈しんで“言われた。

「あなたに欠けているものが一つある」

「行って持っている物を売り払い 貧しい人々に施しなさい。そうすれば 天に宝を積む事になる」

「それから わたしに従いなさい」

その人はこの言葉に気を落とし 悲しみながら立ち去った。

たくさんの財産を持っていたからである。

イエスは弟子たちを見回して言われた。

「財産のある者が神の国に入るのは なんと難しいことか」

弟子たちはこの言葉を聞いて驚いた。

イエスはさらに言葉を続けられた。

「子たちよ 神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」

弟子たちがますます驚いて

「それでは、誰が救われるのだろうか」と 互いに言った。

イエスは彼らを見て言われた

「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」

ペトロはイエスに

「この通り わたしたちは何もかもすててあなたに従って参りました」

と言い出した。

イエスは言われた

「はっきり言っておく。わたしのため また 福音のために 家、兄弟、姉妹、母、父、子ども、畑をすてた者は誰でも、今この世で迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子ども、畑も百倍受け 後の世では永遠の命を受ける。」

「しかし 先にいる多くの者が後になり 後にいる多くの者が先になる」

ー黙想ー

この金持ちの青年は、わざわざイエスさまに関わろうとたずねる必要はなかったけれど、自らすすんで身を乗り出し話しかけた。

その地を去り、旅に出ようとする一行のところに 走りより、跪いて。

金持ちで、立居振る舞いもよくできた 生活にも困っていない、何も不自由のない人なのだ。

さらに、永遠の命を得るにはどうしたらよいかとイエスに問う。

彼は、なぜ 出立の時に走ってきたのか。

ここは 皆が黙想するところ。

一人一人違うね きっと。

今 この時を逃したら!そう思って急いできたのかな。迷いながらも勇気を出して走ってきたのかな?それとも誰かに言われてきたのかな。

彼はその答えを本当に知りたかったのかな。

さて、掟を幼い頃からきちんと守ってきた青年を イエスは愛情こめて見つめた。イエスが旧約の掟を大切に思っている事がわかる。それを幼い頃から素直に守って生きてきたこの青年を 嫌いではない むしろ好感を持っていることがわかる。

なんだけれど、どれほどの覚悟か。

この時代のこの時、本気でイエスについて行くという事は 地上でどれほど苦しむことになるか。この時 イエスの旅に同行できるふさわしい人 必要な人は 何もかもすてて イエスを信じてついてこれる人だけ。

「神おひとりの他に 善いものは誰もいない」

「ぜひ あなたもわたしの弟子になりなさい」と イエスに召されると期待していたのかもしれないね。

彼は “永遠の命“をすでに受け継ぐ資格が自分にあると思っていたのだろう。幼い頃から モーセの掟を守って生きてきたのだから。

ところが、そうではない事を知った。

褒められ 認められ ぜひにと言われると期待していた なんなら 自分からそれをお断りする事も考えたであろうこの青年に イエスは 最も簡単で単純な しかし彼には最も厳しい事を言った。

全てを手放すことができますか?

あなたが勝手に 関わりたいと 言ってきたのですよ?

永遠の命を受け継ぐ方法を教えてください と。

それは 全てをすてて イエスに従う事ですよ と。

この時、地上の身内 財産 価値を抱えたまま イエスの使命を実現する事は不可能。

ここの箇所で気がついた事 ありませんか?

イエスが弟子に話した事

「わたしのために家 兄弟 姉妹 母 父 子ども 畑を捨てた者」は誰でも 「家 兄弟 姉妹 母 子ども 畑も百倍受け」後の世では永遠の命を受ける。父が消えているでしょ?

天国の「命にいたる木」を思い出して。

つまり あなたの霊魂が天国に戻ることができたなら、父である神が一人おられ あとは何も心配ないということでしょう。アダムもエバも そうだった。何一つ 不自由なく 必要なものはお父さんの神がなんでも与えた。

そして アダムとエバの子孫である地上の無数の霊魂はみな、天の国に戻るまで 地上の旅を続ける。何百年 何千年 何万年と・・・

地上にある時だけなのだ 財産 地位 名誉 家族 畑 人間がそうしたものに縛られるのは。

そして「キリストの信者」というのは これら全てを信じた人の事を言う。信じているから信者なのだ。

神の民の安息

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

ヘブライ人への手紙4

「今日 あなたたちが神の声を聞くなら、心を頑なにしてはならない」

神の言葉は生きており 力を発揮し どんな両刀の剣よりも鋭く 精神と霊 関節と骨髄とを切り離すほどにに刺し通して 心の思いや考えを見分ける事ができるからです。

さらに 神の御前では隠れた被造物は一つもなく 全てのものが神の目には裸であり さらけ出されているのです。

この神に対して 私たちは自分のことを申述べねばなりません。

➖黙想➖

だから聖霊がこう言われるのです

「今日 あなたたちが神の声を聞くなら 荒野で試練を受けた頃 神に反抗した時のように 心をかたくなにしてはならない」

「荒野であなたたちの先祖はわたしを試み ためし 四十年の間わたしの業をみた」

「だからわたしは その時代の者たちに対して 憤ってこう言った『彼らはいつも心が迷っており わたしの道を認めなかった』」

そして それゆえに 彼らをわたしの安息日にあずからせない

恐ろしいね 神から拒まれた人々は。

彼らが神を拒んだのではなく 実は 神が憤って彼らを拒んだというのだ。

よほど当時の彼らは反抗的だったのだろう。モーセも相当手こずったのが目に見える。

でもね神さま、

彼らだって大変だったと思うよ?荒野で行先も見えず 相当歩かされたし 雲はいつ止まり いつ動くかわからない。その度に出立しなきゃならないし また 長い道を砂漠のあっつい中歩かなきゃならない。

喉も乾くし お腹もすく。あなたはモーセや長老たちにしか声をきかせず、ひたすら ただひたすら 歩かされる群衆の身にもなってくださいな。ロボットじゃないんだから。

「ただ信じろ」

そう ただ信じればいいのはわかるけれど、わたしが当時の群れにいたら 愚痴どころか抗議したわ。そしてモーセを困らせたろうね。

神の業を目にしていながら その恩恵にあずかっていながら それを認めようとせず 感謝もせず 心を頑なに閉ざす

でも、あなたはイエスさまが地上に現れてから変わりましたわ。

とても穏やかで優しくなった。あの時は 確かに 約束の地に導くために 急いでいたのでしょうね。モーセが あなたと民の間で どれほど大変だったかよくわかります。

長老らもモーセの重荷を担う事となってからは だいぶ少しは モーセの苦労も軽くはなったと思うけれど。

モーセは大変でしたね。

イエスさまは、「大変じゃん!」どころではなかったけれど。 

あなたが今日神の声を聞くなら 心を頑なに閉ざしてはいけない

わたしは今日も生きている

そしていつかは土に還る

だれもがそう

あなたも わたしも

地上に生きるうちに 神を求めよ

荒布をまとい 神に感謝せよ

アーメン

知恵の値打ち

父と子と聖霊の御名によりて アーメン

知恵の書

年間28主日

わたしは祈った すると悟りが与えられ、願うと、知恵の霊が訪れた

わたしは知恵を王笏(おうしゃく)や王座よりも尊び、知恵に比べれば、富も無に等しいと思った

どんな宝石も知恵に勝るとは思わなかった 知恵の前では金も砂粒にすぎず、知恵と比べれば銀も泥に等しい

わたしは健康や容姿の美しさ以上に知恵を愛し 光よりも知恵を選んだ 知恵の輝きは消える事がないからだ

知恵と共に全ての善がわたしを訪れた 知恵の中には量りがたい富がある わたしはそれらをすべて楽しんだ

知恵が導いているからである

だが、知恵がその産みの親だとは知らなかった 素直な心で学んだ事を 惜しみなく伝えよう

わたしは知恵の富を隠すことはしない 知恵は人間にとって無尽蔵の宝、それを手に入れる人は神の友とされ、知恵のもたらす教訓によって高められる

義を愛せよ 国を治める者たちよ 義を愛せよ、善良な心で主を思い、素直な心で主を求めよ 

よこしまな考えは人を神から遠ざけ 主の力は、試そうとする愚か者の罪深さを暴く

知恵は人間を慈しむ霊である。しかし神を汚すものを赦さない。神は人の思いを知り 心を正しく見抜き 人の言葉をすべて聞いておられる

主の霊は全地に満ち 全てをつかさどり あらゆる言葉を知っておられる

神を信じない者の企みは暴かれ その言葉は主の耳にまで達し その不法は懲らしめられる

➖神を信じない者の人生観➖

我々の年月は影のように過ぎ行き 死が迫る時には手のつけようがない 死の刻印を押されたなら取り返しがつかない だからこそ目の前にある良いものを楽しみ 青春の熱情を燃やしこの世のものをむさぼろう。高価な酒を味わい 香料を身につけよう。

野外のいたるところで馬鹿騒ぎをし どこにでも歓楽の跡を残そう。これこそ我々の本領であり定めなのだ

神に従っているあの貧しい者たちを虐げよ。寡婦だからといって容赦しない。白髪をいただく老人も敬いはしない。

弱さなど何の役にも立たない。神に従う人は邪魔だから,騙して陥れよう。

神に従う人は 神を知っていると公言し 自らを主のしもべと呼んでいる。彼らの存在は我々の考えを咎め立てる。だから見るだけで気が重くなる。

その生き方が他のものとは異なり その行動も変わっているからだ。

➖神に従う人の受ける報い➖

神に従う人の魂は神の手で守られ、もはやいかなる責め苦も受けることはない。愚か者たちの目には彼らは死んだ者と映り この世からの旅立ちは災い 自分たちからの離別は破滅に見えた。

ところが彼らは平和のうちにいる。

人間の目には懲らしめを受けたように見えても、不滅への大いなる希望が彼らにはある

わずかな試練を受けた後、豊かな恵みを受ける

彼らは国々を裁き 人々を治め 主は永遠に彼らの王となられる

主により頼む人は真理を悟り 信じる人は主の愛のうちに主とともに生きる

主に清められた人々には恵みと憐れみがあり

主に選ばれた人は主の訪れを受けるからである

アーメン

王たちの戦い

父と子と聖霊の御名によりてアーメン

霊操23日目

創世記14章

シンアル王アムラフェル エラサル王アルヨク エラム王ケドルラオメル ゴイム王ティアドルの4人の王が,

ソドム王ベラ ゴモラ王ビルシャ アドマ王シンアブ ツェボイム王ジェムベル ツォアル王ベラの5人の王と戦った時,

これら5人の王は皆 シディムの谷,塩の海で同盟を結んだ。

彼ら(ソドム王・ゴモラ王・アドマ王・ツェボイム王・ツォアル王5人)は12年間 (エラムの王)ケドルラオメルに支配されていたが,13年目に背いたのである。

14年目に ケドルラオメルとその味方の王たちが来て アシュテロト・カルナイムでレファイル人を ハムでズジム人を シャベ・キルヤタイムでエム人を セイルの山地でフリ人を撃ち 荒野に近いエル・ハランまで進んだ。

彼らは転進して

エン・ミシュパト,すなわちカディシュに向かい アマレク人の全領土とハツェツォン・タマルに住むアモリ人を撃った。

そこで ソドムの王 ゴモラの王 アドマの王 ツェボイムの王 ツォアルの王は 兵を繰り出し シディムの谷で彼らと戦おうと陣を敷いた

エラムの王ケドルラオメル ゴイム王ティドアル シンアル王アムラフェル エラサル王アルヨク 4人の王に対して これら5人の王が戦いを挑んだのである。

シディムの谷にはいたるところに天然アスファルトの穴🕳があった。

ソドムの王とゴモラの王は逃げる時 その穴に落ちた。

残りの王は山へ逃れた。

ソドムとゴモラの財産や食糧はすべて奪い去られ ソドムに住んでいたアブラムの甥ロトも 財産もろとも連れ去られた

ー黙想ー

アスファルトで思い出しませんか?バベルの塔。

ハムの息子でありカナンの兄弟でもあるクシュ。クシュの息子のニムロドは地上最初の勇士となった。主の御前に勇敢な狩人であり その王国はすべてシンアルにあった。

その後彼は アッシリアに進み ニネベ、レボボ・イル、カラ、レセンの町を建てた。

その間 東の方から移動してきた人々が シンアルの地に平野を見つけ そこに住みついた。

「レンガをつくり それをよく焼こう」石の代わりにレンガを しっくいの代わりにアスファルトを用いた。

この人びとは 主によって全地に散らされたものの そこよりすでに進んだ道具 材料を使う優れた知恵や技術を持っていた事がわかる。

そして そのアスファルトの穴に ソドムとゴモラは落ちる事となる。

邪悪で 主に対し多くの罪を犯していたソドムとゴモラを 主は滅ぼすつもりでいた。

さて,

4人の王 対 同盟5人の王の戦い

ノアに呪われたハムの息子カナンの領土は 12年間 エラムの王ケドルラオメルに支配されていた事がわかった。それはどのような経緯でそうなったのか 創世記のここには記されていない。

そして13年目 思い切って支配者に反旗を翻した。

14年目 エラムの王ケドルラオメルの友人であり味方の王ら3人がやってきて 計4人の王の兵士らが 撃ち・進み・転進・また撃った。

そこで ソドム・ゴモラ・アドマ・ツェボイム・ツォアルの5人の王は兵を繰り出し シディムの谷で同盟を結び陣をしいた。

ソドムとゴモラの王は逃げる時穴に落ち,全ての財産を奪われた。

エジプトから帰ったアブラムの甥ロトが選んだ住みか ソドムはこうして奪われた。

ロト自身も 蓄えた大いなる財産もろとも連れ去られてしまった。

12年間 5人の王たちとその領土を支配していたエラム王ケドルラオメルが どういう人物だったか どのように力を奮って支配していたのか 詳しい事はここに記されてはいない。

ただ 反乱を 友人の王らとともに 反乱軍より少ない兵で抑え込んだ事と

ノアの子孫でもあり ハムと息子のカナンの子孫の領土 ソドム ゴモラの王は穴に落ち 全ての財産は奪われた

そしてロトは 財産もろとも連れ去られた。

たずね求めない王たちに

神は沈黙していたのですね

そして

邪悪で

主に対し多くの罪を重ねていた領土・民の王たちは,

かつて全地に散らされた移住者らが持っていた技術 アスファルトの穴に消えた